ケンのおやつは、普段の日は朝散歩のあとに豆乳を薄めたものと、夜散歩の後にボーロ4粒しかあげない。なので、実家に行っておやつをもらうことは、ケンの一日の中では最重要任務である。
実家には、ケンのおやつは一日一回だけにしてね、と言っているのだが、ケンは何度でも欲しいし、行けばもらえると思っているよう。庭に出たらまずは実家のリビング前の庭へ直行し、じっと室内を見ながらお座り。おやつをもらえるまで座り続けるケンの視線が実家の両親にとっては、最近ちょっとうっとおしくなってきたようである。そういう両親の複雑な心情など、ケンは露ほども知らない。
(室内を見つめ、そしておやつをもらう)
ケンは、我家の玄関脇の細い隙間をすり抜けていつも実家に行く。ある日の夕方の散歩を終えて帰ってくると、いつものようにケンはリードを外せと訴える。おやつをねだりに実家へ行こうと考えているのだ。まー、実家に行ってもおやつはもらえないから、いいかと、リードを外すといつもの隙間の方へ行くが、すぐ戻ってきて私の方を何度も訴えるように見る。不機嫌な顔。ケンの不機嫌の理由はすぐわかった。母が大きな植木鉢をバリケードとして隙間に置いたのだ。ケンの実家の庭への侵入を阻止するつもりである。
急にケンが不憫になってとりあえずケンを庭に残し、実家へ電話をする(といっても徒歩3秒のところ)。
「ちょっとー、ケンちゃんが悲しそうな顔して植木鉢見てるねんけど。そっちの庭に行くぐらいいいやん」
「なにいってんの、何度も何度もおやつを催促されるこっちの身になってよね」
母は、ちょっと逆切れ気味。そうすると、母が電話口で「あ」と小さく叫ぶ。
「ケンちゃん、どうやって来たんやろ。もうこっちに来て座ってるわ」
ケンの晩御飯を用意して実家の庭にむかって名前を呼ぶと、ケンはその植木鉢をぴょーんと飛び越えて走って戻ってきた。ケンは意外と身体能力が高かった。それもまた嬉しい。
翌朝、植木鉢は撤去されていた。そうやね、どうせ飛び越えるし。
「ちょっと自己中でKYなんちゃう?」