『龍馬伝』36回は、有名な寺田屋騒動の回だった。龍馬が左手を斬られ瀕死の状態で材木置き場(?)の屋根の上でいるところを、薩摩藩が救出して藩邸に運び込まれるところまで。
敢えていうと、寺田屋で襲われたのは史実としても記録されているので本当だと思うのだが、既にお尋ね者になっているのであれば薩摩藩邸にでも京都にいる間は匿われてもよさそうなものなのだが、当時は脱藩者に対してそんな融通をきかせる時代でもなかったのだろうか。あんだけ薩長同盟のために龍馬は走り回っているのに。寺田屋なんて、なんのセキュリティもないし、ドラマだけ観ていると、龍馬は大声で話をするし、普通にお酒は飲んでいるし、のんきな印象である。まだお尋ね者としての自覚がなかったのだろう。もひとつ敢えていうと、寺田屋で捕り方と殺陣を演じる場面では、もう少し気迫というか、迫力が龍馬から感じられればよかったかなと。これくらいはやるよねっていう想定の範囲内って感じである。そういう意味では三吉のほうが鬼気迫るという感じがした。全くもって失礼なのだが、内野龍馬だったら迫力やったら負けんかったんではと未練がましく言ってみる。
入浴中に捕り方が近づいてきたことに気づき、龍馬に知らせるお龍。このお風呂の窓の隙間からそれに気づくシーンがよかった。オレンジ色の光に照らされたお龍が、そのオレンジ色の灯りに伏見奉行(だったと思う)と書かれているのをみて、目を大きく見開くのだが、その目が警戒する動物のようでリアルだった。お龍は、近藤勇と龍馬が抜いた刀の中に飛びこんで龍馬を助けようとしたときもあったのだが、京都弁のまずさは置いておくとして、その動物的な「かなぐり捨てました」感が、寺田屋から走って薩摩藩邸に行くときに最高潮に達していた。とにかく、本気で走っている。それにおそらく下着もつけてないよね。絶対に何度か竹かなにかが足に当たっているはず。迫力があった。
弥太郎は特に筋に絡まずに土佐に帰っていったのだが、ちょっとの出番でもやっぱり弥太郎なのだ。結局、一介の土佐の侍が薩摩と長州を結びつけるという事の大きさは、龍馬を見ててもいまいちぴんとこないのだが、弥太郎の表情を見るとそれがオオゴトなんだなということがわかる。弥太郎は驚きの表情にも、「びっくりする」「驚く」「驚愕する」「たまげる」「ぶったまげる」といった感じでちゃんと演じわけができていて、感心する。わなわなと頬をゆるませる驚きや、泣き笑いの驚きなど、表情が豊か。あまり表情のバリエーションのない役者(あ、リョウマのこと)と一緒に映ると、それがまた際立つ。弥太郎はちょっと疲れつつも、何かを感じて土佐に帰ったようだった。後藤象二郎へのレポートが楽しみぜよ。
日傘、買いました:
ありえないほど暑い9月。今週から研究室にも行く用事があったりで、とうとう観念して日傘を購入する。日傘無しで炎天下を歩くと、真剣に身の危険を感じるということもあるし、最近、自身の日光アレルギーを疑っているので。腕や唇に思い当たるところがある。やはり、日傘はこの時期でも暑いので一切値下げをしていない。強気である。太陽光線の遮断率100%という、兵器みたいなものを購入。兵器の値段はやはり高かった。失くしたら大変、名札をぶらさげよう。西日の中差して歩いてみたら、完全なる日陰の中に自分がいることがわかる。夫にも持たせてみたら、同じ事を言う。侮れない日傘。