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ヒマラヤスギ雑記
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ネット安息日
2月7日の日経新聞のコラム「春秋」が興味深かった。米国の元新聞記者が金曜の夜就寝後から月曜朝まで自宅でネットに接続しなかったらどうなるか実験したらしく、その体験記がコラムで紹介されていた。ネット検索とメールは週末の実験の間は行わないのだ。コラムによると、実験初日は不自由感を強く感じたらしい。しかし数週間後に変化が訪れる。「家族水入らずの時間がよみがえる。本に向いじっくり物事を考える習慣が戻る」(コラム引用)とある。そして「ネットとは自分で適切な距離を取らなくてはいけない」(コラム引用)と結んでいる。

最初に不自由感をおぼえたときは、この新聞記者は「思いついた疑問も天気予報もすぐには検索」(コラム引用)出来ないことを嘆いたのだが、それ、よくわかる。私がネットを使う理由リストの上位がそれなのだ。天気予報はしょっちゅう見てしまう。私は検索以外だとメールとブログでネットを利用する。ミクシィのアカウントは持っているが、日記はやっていないし、コミュニティにも入っていない。フェイスブックとツイッターも今のところやっていない。ゲームもチャットもやらない。したがってネット利用の主目的は、情報発信ではなく情報収集である。パソコンの前で消費する時間は増えたと思う。

こうやってブログもほぼ毎日更新しているので、今さらネットはよくないなどと言うつもりもないのだが、ネットを使っているつもりが、最近はネットに操られているような気もする。依存というには軽いかもしれないけど、ネットで検索をほぼ無意識にやっているときが多いし。ある先生が、ネットでの情報の98%が石で玉は2%だけだと話していたことがある(数字の根拠は不明)。ネットの情報は公式のものではないことが殆どである。情報ソースとしては信憑性に問題がある場合が多い。なので、普段は別に知らないと困るような情報ではなくて、知っていたら便利、程度の情報を私は検索しているのだ。そしてそれに振り回されている。

ネットがなかったころ、1週間の天気や気温が把握できなくてそんなに困ったことってあっただろうか。ネットの口コミで1位の化粧品を使って劇的な変化ってあっただろうか。ウィキがあるから調べるけど、なかったら調べなくても済むことはとても多いし、あるレストランとあるカフェの経営母体が同じだということを知っていても知らなくても味に影響などないし。またあのドラマの来週のあらすじを事前にチェックしておかないとなにか不都合ってあるのだろうか。考えてみたら私が普段気軽にやっている検索ってこんなの(*1)で、出来なくてもなんにも困らないことばかりなのだ。

毎日巡回するブログもネット生活とともに増えてきたので、これも意外と時間をとられる原因なのかもしれない。それに自分でもブログの更新をするので、ついつい他のブログもチェックしているうちに時間がたつ。私はこの新聞記者のように完全にネットフリーの「ネット安息日」を設けることはちょっと難しそうだが、ネットをしない時間帯を決めるとか、合計接続時間に制限を設定するとかはやってみてもいいかなとコラムを読んで考えた。シュウロンを家で書いていたとき、ネットから離れていたけれども、ネットから速やかに離れるときに、ちょっと心の痛みを感じたのだ。なんというか、強い意志の力を行使してやっとこ離れたという感じだった。作業に集中すればもう気にならないのだが、最初がちょっと気合を必要としたようなので、これって軽い禁断症状なのかと思った。

我家では、昔はテレビが今のネットの地位にあったと思う。今は朝食時と決めたドラマと夜のニュース以外はテレビの主電源はオフにしている。そのうちネットに代わるものが出てくるのかもしれない。意外とアナログなものだったりして。

*1:ただ犬と泊まれる宿とか、犬関係の情報、家作り関係の情報、健康関係の情報はネットのほうが多いような気がする。しかも、情報が濃いというか。でも、まぁ、リテラシーは常に必要だと思う。

by himarayasugi2 | 2012-02-08 08:59 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
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