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ヒマラヤスギ雑記

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人づきあいのいろいろ

京都まで学会に行った。途中から分科会にもぐりこんだ。M1のFさんがいて、前回の学会で知り合った某さんも偶然隣の席でご一緒することになった。分科会終了後、離れた席から手を振る人がいるので、目をやったらTさんだった。Tさんは、私がM1のときM2だった先輩で、二人ともとても近いテーマだったので、ゼミでお世話になった方なのだ。Tさんはドクターには進まず、就職されて、その後はゼミの飲み会などにもお仕事が忙しくて来ることもかなわず、実に2年近くぶりにお顔を拝見した。Tさんは、学会スケジュールを見て、この日のこの分科会は必ず私が来るだろうと思っていたとのこと。気にしていただけたことが、ただただ嬉しい。

Tさんは学会の1日目にも来ていたらしくて、そのときに私の近況も他の方から伝わったとのことだった。「ヒマラヤスギさん、頑張っているってききましたよー」とTさんが笑う。そして、私が今どのテーマで論文を書こうとしているのかとか、いろいろ質問してくださった。そもそも、私の論文のテーマについて私以外に気にしてくれる人が存在していることが嬉しい。Tさんは、お仕事をしながらも研究を細々とでもいいから続けたくて、先生に論文の発表の場などについても色々と相談されているそうである。Tさんがそういう意識をずっと持ち続けていることがまた嬉しい。ドクターに来てくれたらどんなによいだろう。テーマも近いからゼミの中身も濃くなりそうだし。Tさんはもう大学には戻らないと言う。でもこうやって学会に休みを使って来られるし、他の方の論文や発表にも詳しい。どこに属していてもやらない人はやらないけど、Tさんのようにどういった形でも続ける人は続けるのだろう。Tさんに会えたし、学会に行ってよかった。Tさんはその後のシンポジウムにも少し出てから帰るとのこと。カフェテリアの前で再会を誓ってお別れする。

Tさんと普段別にメールでやりとりするようなこともなく、こうやって会ったら世間話に花が咲くような感じである。もっと前の私ならば、偶然会うことはあっても、今度いつ会えるかはわからない人との距離感にちょっと悩むこともあったけど(人づきあいにもうちょっと「べったり」、というか連続性とか継続性が必ず伴うことを求めていたのだと思う)、今はこうやって何かのきっかけで私のことを思い出してくれたり、会えば楽しくお話ができる人というのは大切な存在だと思う。人づきあいの深さにはいろいろなレベルがあるけれど、私とTさんのようなレベルでも、もっと深い付き合いのレベルでも、大切なことは、会ったときによかったと思えること、普段忘れていてもその人を思い出したときに、肯定的な気分になれることだと思う。学生に戻ってみて年下の先輩も増えて、私の人づきあいには数年前には予期していなかった濃淡が出てきた。そういうのもいいものだと思っている。

発表をきいて:
質疑応答のときにきつい質問をする人がいて驚く。学会では以前もそういう質問をする人を見かけたのだけど、うーん、それって「私の方があなたよりもよく知っている」という意思表示なのかな。

京都は人が多かった。祇園あたりからバスが全然動かないんだもん。京都は地下鉄があんまり掘れないとかで、交通手段は結局バス頼みなのだ。
by himarayasugi2 | 2012-10-09 08:14 | 雑感 | Comments(0)
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