日曜は早起きして、映画を見に行った。4月19日から封切られた、『カルテット』である。実はこの映画のことは、何気なくつけていたラジオから知った。監督はダスティン・ホフマンで、有名な戯曲を映画化したらしい。舞台は、英国郊外にある引退した音楽家のための老人ホームで、そこでは運営費(寄付?)を集めるために年に一度、支援者を招きコンサートを開いている。そしてホームは運営の危機に瀕しているという設定なのだ。そこに往年の有名歌手、ジーンが入所してくる。彼女の入所によって伝説の英国4大オペラ歌手がホームに揃うことになり、ホームのコンサートでも四重唱(カルテット)をコンサートの目玉にすれば盛り上がるのではないかと湧き立つのだが、4大歌手の一人であるレジーは、ジーンの離婚した元夫であり、互いに気まずいまま何年も会うこともなかった仲なのだ。しかもジーンは、長く歌っていないし(「高音が割れる」と愚痴る)、過去の栄光が忘れられず、プライドも高い。因縁浅からぬレジーと共に舞台でカルテットなんてまっぴらごめんだと拒否するのだ。
まぁ、最後は和解するという展開はある意味、想定の範囲内であるが、最初から最後までずっと目が離せずにそしてラストにはちょっと涙ぐんでしまう。監督のダスティン・ホフマンも含め、殆どの俳優は後期高齢者なのだが、年齢を重ねて初めて獲得できるものには、こんなにも温かく素晴らしいものがあるのだよ、という彼らからのメッセージに心を打たれるのだ。ジーン役のマギー・スミスが本当によい。片手をさっと揚げる仕草だけで彼女が喝采される日々を日常として生きてきたことがわかる。そしてほかの俳優も全員よい。不良老人もよかった。最初はうるさいなぁと思っていたけど、本当は人の気持ちを誰よりも理解している優しい人だった。
セリフもユーモアがあって、ちょっとシニカルで、優しい。それに、老人ホームの素敵なこと!緑が多く、花が咲き乱れ、いくら歩いても歩きつくせないようなお散歩の森を背景に、エレガントな建物が佇んでいる。朝食にダイニングルームに出て行くときでも、きちんと髪をセットし、宝石をつけて、お化粧をしている。ソファのファブリックも品があって暖かい感じだし、ホームのドクターや看護婦もいい感じなのだ。引退した音楽家のホームというだけあって、ホームでは常に歌声や演奏が聞こえていて、とても優雅なのだ。
メガヒットとは縁がなさそうな作品かもしれないけれども、とてもよい作品だった。また、変にラストを盛り上げすぎたり、あおったりしないところも、監督としてのダスティン・ホフマンの品の良さとセンスを感じた。じんわり幸せに映画は終わる。
個人的に好きなセリフは、大好物のアプリコットジャムを食べたときに、「クリスマスを食べているみたいだ」と言うセリフ。それから、メインの音楽家役を演ずるのはみな本物の音楽家らしく、演技してなくても、そういうオーラというのが出ていて、特にピアノの伴奏をしている女性に味があっていいなーって思った。それからダスティン・ホフマンがホームのリビングで集合しているシーンにカメオ出演していたのではないかと思うのだが。座って、画面左下にそれらしき男性が顔をふっと上にむけていたのだけど。違うかなぁ。
映画館は、封切り2日目の日曜日だというのに、客席は半分も埋まっていなかった。観客はアラカン以上がほとんどであった。でも、40代以上だったら誰が観ても何か感じるところはある作品だと思う。演出もカメラもとても丁寧で、脚本は素晴らしく、製作陣の作品に対する愛をものすごく感じる。エンドロールに、出演していた音楽家たちが、若かりし日の写真と一緒に紹介されていて、それもいいアイディアだと思った。