人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

ヒマラヤスギ雑記

cedar2.exblog.jp

『レヴェナント』

*ちょっと長い。

ディカプリオが悲願のアカデミー主演男優賞を受賞した映画、『レヴェナント』を観に行ってきた。主演男優賞に加え、監督賞に撮影賞も受賞している。坂本龍一が音楽を担当している。

我が家のキッチンの棚のある部分で、最近よく小さな蟻を見る。ゆでる前のタケノコを裸で一晩放置してしまったことが最近あったので、それが原因の可能性がある。私は虫が大嫌いなので、見つけ次第、即殺す。家の中に蟻がいるなんて、想像しただけでも気持ち悪いのだ。しかし、『レヴェナント』を観終わって、蟻一匹に騒ぐ自分の器の小ささを痛感する。映画の中のディカプリオの受難なんて、「キッチンの蟻」どころの騒ぎではない。

映画の舞台は、1823年のアメリカ北西部である。ディカプリオ演じるグラスは、40人の狩りの一団のガイドである。一団は、狩った動物の毛皮を売って稼ぐのだ。道中、アメリカ・インディアンの襲撃に遭い、多くの仲間を失い、やっとのことで逃げるものの、グラスは森でグリズリーに襲われ瀕死の重傷を負う。一団の1人、フィッジェラルドに、目の前で息子のホークを殺され、グラス自身も極寒の地に瀕死のまま放置される。フィッジェラルドへ復讐するために、グラスは厳しい自然の中を生き抜き、フィッジェラルドを追う・・・という実話をベースにした物語である。

ディカプリオ演じるグラスには、ほとんどセリフがない。黙っているか、うめいているかだけである。1人置き去りにされてからは、スクリーンに映るのは大自然とグラスだけである。映像が美しく迫力があり、草や土や血のにおいが視覚を通じて感じられるほど。水の冷たさ、吹雪の恐ろしさ、それに1人取り残されたグラスの孤独感を、これでもかと見せつけられる。グラスは、冬の川を流されたりもする。また、雪の中、裸になり凍死しないように死んだ馬の内臓を取り出し、その中で暖をとって眠る。枯草に火を起こし、炎で傷口を消毒する。魚を捕まえ、生のまま食いちぎり、動物の死体から骨を折って、中身を吸い出す。ときに正視できないくらいの壮絶なサバイバルである。演技とは思えないくらいリアルなのだ。オオカミがバッファローの群れを襲う場面を前に立ち尽くす彼が、どういう気持ちかなんとなくわかったし、途中で出会ったインディアンに肉を分けてもらい、やっとまともな食べ物にありついたときの気持ちもよくわかる。セリフはないが、あの目でわかる。インディアンに追いかけられて、馬に乗ったまま谷底に落下する場面では、悲鳴をあげそうになった。俳優ディカプリオがすごいと思ったのは、セリフを口にせずとも、彼が考えていること、感じていることが、目や表情や歩き方やちょっとしたしぐさで伝わってくるところである。寒さ、痛み、悲しみなどの感情が、ストレートにせまってくる。

雪の山脈を背景に、雪原を遠くに動く小さく黒いものが見える。最初は、その黒いものは何か全くわからない。カメラがゆっくりとクロースアップしてゆくと、それは、傷ついた体を引きずって歩くグラスであることがわかる。復讐することだけを生きる支えとして、死の淵から蘇った主人公であっても、大自然の中では、小さな存在にすぎない。自然はグラスの命をいつでも奪える。映画の本当の主役は、大自然なのかもしれない。

グラスは何度も夢を見る。殺されたインディアンの妻の夢。殺された息子、ホークの夢。グラスが常に生と死の境に立っていることを示しているよう。大自然の中では、生と死の境は曖昧だ。白人に撃たれ、死んで倒れた妻の胸元から小鳥が出てきて飛び立ってゆく場面は、なにかの寓意なんだろうか。とても印象的だった。

絵画のような映像だと思った。雪のシーンの風景と画面の暗さが、ブリューゲルの雪の中の狩人の作品のようでもある。グラスの夢の場面は、どの場面も暗示的で、特に、荒野の朽ち果てた聖堂で、死んだ息子と会う場面は、まるで絵画のようだった。

この映画は、「復讐もの」から連想するようなハリウッドのアクション映画ではない。ハリウッド臭はゼロである。痛快アクションもの、スリルとサスペンスを期待すると、がっかりするだろう。でも、1人の傷ついた男性と大自然だけでほぼ構成されている映画なのに、2時間30分の長さを感じさせない映画であった。なんの映画って言ったらいいのか。やっぱり自然の映画か。大自然の中で殺人、復讐、裏切り、生と死を繰り返す人間の小ささと、なにも変わらない自然とのコントラストが、鮮やかな作品だった。

よい作品だとは思うのだけど、母に友達と見に行くのに適した作品かと訊ねられたときには、「うーん、微妙」とやっぱり答えてしまう。映像というよりは、絵画かな。大感動とまではいかず。

音楽は、重厚で、厳寒の大地のような、そこで死んだものたちの意識のような、悲しい音だった。映像も音楽も、監督の美意識が隅々まで行き渡っている印象。

ここより若干ネタバレ↓


「復讐は、神の手に委ねる」が最後のセリフだ。最後のあの、なんともいえないグラスの表情は、何が言いたかったんだろうか。あそこで映画を終わらせるなんて、絶妙である。
by himarayasugi2 | 2016-04-25 08:27 | エンターテインメント | Comments(2)
Commented by さわ at 2016-04-25 09:35 x
わー、私もこの週末に観てきたところです。
ディカプリオ、すごい演技でしたね。
ヒマラヤスギさんの解説、さすがの表現力です。
あの寒さと痛さが蘇ってきました(>_<)。
Commented by himarayasugi2 at 2016-04-25 10:51
さわさん、
とにかく「痛そう!」でしたよね。グリズリーに襲われるシーンは、あまりにリアルで、見てられない感じでした。また、ディカプリオの痛そうな顔が、ほんとに痛そうで、やーめーてー!となってしまいました。個人的には音楽が映像と合っているなーって思いました。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

<< 春、CD、エンブレム キンロー女性を怒らせる一言 >>