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ヒマラヤスギ雑記

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「コンビニ人間」を読んだ。

芥川賞受賞作が掲載されている『文藝春秋』を手にして、「コンビニ人間」を一気読みした。作者は、実際に今も週三でコンビニでバイトしている村田沙耶香さん。文章の上手い人がコンビニで働いていると、裏側をこんなに面白く描けるのか。普段何気なく立ち寄るコンビニが、このようにシステマティックで、マニュアルで制御された世界だとは知らなかった。

芥川賞受賞作が掲載されている『文藝春秋』は、必ず選考委員による選評も一緒にあって、作品を読み終わってから答え合わせのような気分で、選評を読むのも楽しみの一つだ。その中で小川洋子が、「社会的異物である主人公を、人工的に正常化したコンビニの箱の中に立たせたとき、外の世界にいる人々の怪しさが生々しく見えてくる」と書いていた。コンビニは、ものすごいマニュアルに支えられて「人工的に正常化」されているのだ。

現在、私がコンビニを使うときは、基本、どこでも同じ料金であるサービスを利用するとき、例えば、宅急便とか、なにかの料金の支払いとかがメインで、そのほかだと買い忘れに気がついて一番近くて、営業している店がコンビニだった、とか、あと、あまりないけど、帰宅時、深夜の駅で翌日の朝食のヨーグルトや牛乳を切らしていることに気づき、駅近のコンビニに駆けこむときとかとかである。たまに、すごく気になるコンビニスイーツを買うこともあった、あった。あら、意外と利用している。

キンロー時代は、通勤時、駅からオフィスまでの道のりにあるコンビニでペットボトルのお茶を必ず買っていた。ここで思い出したのは、私はあのとき、月曜から金曜まで、朝いつも同じ時間に同じコンビニで、同じお茶を買っていたことだ。当時の私は、コンビニで働く小説の主人公にとって、「朝という時間」を運ぶ存在のひとつであり、コンビニという「いつも回転し続けるゆるぎのない正常な世界」を形成するひとつのピースだったのだ。

毎朝コンビニに立ち寄っていたキンロー時代、コンビニでいつも同じお茶を買っていたのは、なぜだろう。めったに買う物が変わることはなかった。あれこれ選ぶ場所でもないと多分思っていて、できるだけ滞在時間を短くしようと無意識に行動していたかもしれない。マラソン選手が、レース中に給水するときにできるだけ時間のロスなくさっとドリンク(もしくは水を含めたスポンジ)をつかみ取り進んでいくのとやや重なる。違いは、お金を支払うことだけで。

コンビニは、接客を含めてマニュアルの存在が大きい。ここに立ち寄る人は、こういうものを探しているときが多いでしょ、と言わんばかりの絶妙な品揃え(電池、インスタント食品、旅行用の基礎化粧セット、暇つぶし用の雑誌、探すと見つからなくなる文房具などなど)は、広く浅く、深みもなく、面白味もなく、標準化されている。定期的にデータを見直して品揃えを変えているのだと思う。でも、コンビニのスタッフは、生身の人間で、いくらマニュアル通りにしか話さないにしても、やっぱり、そこは個性がでてくる。

新婚で北関東に住んでいたとき、部屋から徒歩1分のところにあったコンビニに、絶句するくらい「トロい」店員がいて、名前をヤマダ(仮名)さんと言った。ヤマダさんは、レジがあるのに計算間違いをし、レジが表示したのと異なる金額を客に告げ、おつりを間違い、品物を袋詰めするのが、絶望的に遅く、宅急便を持っていっても、あぶなっかしい応対で、いつもハラハラドキドキさせられていた。しまいには、私たち夫婦は、要領を得ない店員をさす形容詞として「ヤマダ」を使うようになったのだ。今でも「ヤマダ」はそういう店員の代名詞となっている(*1)。いかにヤマダさんが強烈なキャラだったかおわかりかと思う。

ヤマダさんの存在は、あのコンビニの「正常感」を常に乱していて、一種のノイズみたいだった。今のコンビニで、あんな人はレジにいないと思う。採用されないかと。

小説自体は、あっという間に読めて、だれないけど、白羽さんを家に連れてゆくという後半の展開は、ちょっとご都合主義かなと思った。島田雅彦の選評でも、同じことが指摘されていた。主人公が、36歳で独身、彼氏なし、バイト生活ということで周囲から異物扱いされるけど、私はそこまで主人公が異物とは思えなかった。異物か否かを決めるのに、絶対的な測りはなく、すべてが相対的なものだと思う。彼女が変わっているとすれば、あまり感情がなさそうなところだけで、20年の引きこもりとかと比べれば、家賃も自分で払い、誰にも迷惑をかけてないから、いいやんと思う。白羽のほうが、よっぽど異物だし、あれは、ちょっとクズすぎるかも。

*1)例えば、「今の人、ちょっとヤマダさんだったよね」みたいに思わず使ってしまう。 






by himarayasugi2 | 2016-09-08 08:59 | 本など | Comments(0)
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