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ヒマラヤスギ雑記

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片付けについて考えたこととかのメモ

父が亡くなってから、隣の実家に訪問することが増えている。心身両面で疲れ切っている母がなにかと心配なので。まだ圧迫骨折が完治していない母に代わって高いところの物を取り出したり、片づけたりといった作業なども手伝っている。

実家の荷物の多さに圧倒されている。少しずつでも整理しておかないと、片づけに年単位かかりそうな気がする。以下、実家の片付けについて考えていることのメモ。

本:
両親はそろって本が大好きで、読書家である。特に、父は自他ともに認める活字中毒である。父と母が好む本のジャンルは全く重ならないために、実家の蔵書数はすごいことになっている。父は、未読の本が手元にないと不安になる性分だったのか、膨大な数の「未読本=買ったばかりの本」が残されている。読み終わった本だって、膨大だ。父の蔵書は、もう全部売ってしまうしかないだろう。父の蔵書を売却しただけでも、かなり家はすっきりすると思う。我が家は、年末に本を売っている。まめにやるしかないのだ。

服:
父は衣裳持ちだった。服も靴もすごい数がある。幸いに靴のサイズは夫と父は同じである。幅広足というところまで一緒で、ほとんどの靴が「ピッタリサイズ」なのだ。なので、夫は履けそうな靴を何足かもらった。服も、何着かもらう。残りの靴と服は、東京の従弟が「捨てる前に見に行くから欲しい」と連絡してきたので、持っていってもらう予定。下着やパジャマ、使用済みの靴下などは、処分するしかないだろう。母は、着るものについては、合理的な考え方で、あれこれ持とうとしないのだが、祖母からもらった着物やら洋服やらを着ないというのに処分することができない。なので、クローゼットやタンスは、祖母が遺した「誰も着ない」服と着物で占められている。この状態もよくないなーと思う。中を空けることで、そういった収納家具が3-4個は処分できそう。

食器:
もう母の1人暮らしだというのに、食器の数だけは大家族仕様である。祖母から受け継いだ骨董の数も多い。祖母は亡くなる1週間前に「私の集めた骨董は、好きなものを取っていってもいい。高価なものでもどんどん毎日使ってちょうだい、でも、私の骨董を古美術商に売るのだけはやめてちょうだい。もし、あまり好きでなくなったらそのときは、それを大事にしてくれる人にお譲りしてちょうだい」とはっきりと私に言ったのだ。要は、大事に集めた骨董で、お金を得ることはやめて欲しいということだ。これは祖母の遺言だと思っている。なので、売ることはできない。祖母の骨董は、母と東京の叔母で引き取られ、妹と私は少しだけその中からもらっている。実家には、骨董以外のお皿も多く、これも真剣に考えないといけないと思う。出番が1年以上なかったお皿は処分対象になると思う。

我が家のモノ量は、そこまで多くはない。でも、服も食器ももっと減らせると思う。引き出物でいただいた食器は、いくらよいものであっても趣味が合わないと全く使わない。場所だけとっている。食器は、気に入ったものだけにして、お客さん用のグラスとか、お椀とか、そういうのも最小限にしたいなぁと思っている。とりあえず夫には、お酒を買ったときにおまけでついてくるグラスやお皿だけは、絶対にもらってくるなと通達しておいた。今のところ、最も出番が多いのは、直径20センチの信楽焼のお皿。洋風も和風もOKで使いやすい。こういう大定番を見極めて、「食器1軍」を編成したいと思っている。2軍は必要最小にして。でも、1軍用に食器を増やしたいという誘惑が……。








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by himarayasugi2 | 2017-09-11 10:11 | 実家 | Comments(0)
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