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ヒマラヤスギ雑記

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カテゴリ:アート( 19 )

立体も好き。

昨日は朝から兵庫県立美術館へ行く。兵庫県美では、6月から『舟越桂 私の中のスフィンクス展』が開催されている。舟越桂の作品を初めて見たのは、東京時代に書籍の装丁で使われた写真を通してである。どうしても実物が見たくなって、当時、調べて銀座の西村画廊での新作展に行った。その後2003年の東京都現代美術館の大規模な展覧会で、多くの作品を目にした。舟越桂の作品には、独特の存在感があって、唯一無二なのだ。静謐で、幻想的で、見ているほうは、プールの底に立っているような、知らない森の中にいるような、そんな気になる作品である。関西で大規模な舟越桂の展覧会は、初めてではないだろうか。母も、先日見に行ってきたのだが、一緒に行った母の友人もたまたま西村画廊で作品を見かけ、心を鷲掴みにされたらしい。
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(企画展は撮影禁止なので、入り口のパネルを一応。)

作品のタイトルは、すごく文学的で哲学的で、作品とのつながりは解説を読まないとよくわからないけど、そういうところもひっくるめて独特である。展示方法はとても凝っていて、作品をどの角度からも観賞できるように、柵はなく、ぐるっとまわりこめる。以前の東京展でも見かけた作品も多かった。新作としては、両性具有のスフィンクスの作品があった。見学に訪れていた女子中学生4人組が、両性具有のスフィンクスを見て、げらげら笑っていた。他の作品でも、老若男女がそれぞれの反応を見せていて、みな楽しそうに観賞していた。ユーモラスで、切なく、寂しげな不思議な作品なのだ。

美術館でいつも所在なさげにしている夫が、楽しそうに作品を観賞していた。彫刻に詳しい人もそうでない人もすごく楽しめる。舟越の作品を家に飾るのは、現実的でないけど、素描だったら、ありかな。素描、欲しいなぁ。というか、すっごい高いだろうなぁ。

その後、県美プレミアムの『手塚愛子展 Stardust Letters 星々の文』という展示も観る。これ、すごくよかった。これは、目の見えない方も観賞できる作品展で、鑑賞者はまず受付で荷物を預け、指輪に腕時計を外し、帽子も脱ぎ、手をウェットティッシュで拭いてから、部屋にある作品を触って観賞する。作品は、天井から床へと斜めに張ったネットから、白い糸の束を垂らしたもので、糸の束の感触を触覚で観賞する。手塚さんの文章を引用する。

「この室内の糸の森は、上部に張られた網の目から垂れ下がっていて、それぞれの糸はその編と接する部分で点字を形成しています。目が見えない方にはその網に書かれた点字は見ていただくことはできませんが、点字の意味がわからない方にはただの星座のように見えるだけです。」

この展示空間において、視覚健常者と視覚障碍者は対等なのだ。手塚さんは、「ふだん盲目の方が見ている世界を見られないのと同じように、目が見える人が美術館で見えないものがある」という関係を作り上げている。
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(白い糸の束が、上にあるネットから垂れている。この中を分け入ることができる。顔や、身体にしなやかな細い糸が触れる。)
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(正面から見る。実は、このパターンは、点字なのだ。キーワードがちりばめられているが、目が見えるものは、それが見えるのだけど、知ることはできない。撮影は、スタッフの方の許可を得て行っている。説明もわかりやすかった。)

展示空間の隅には、ロダン、朝倉響子、柳原義達の彫刻が置かれていて、それも触ることができる。目を閉じて、柳原義達の《鳩》を触ってみた。ひんやりとした感触に、ごつごつとした形。ふだん視覚に頼りきりの私は、触っただけでは、なかなか鳩を感じることはできなかったけど、視覚を遮断されると、触るという行為は、あらゆる「知る」ことの窓口になる。それを体感できた展示だった。
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(柳原義達の《鳩》。これもこの展示の一部。触ることができる。他、ロダンや朝倉響子の作品もこの企画内では触ることができる。これも撮影許可をいただいた。)

スタッフの方から、美術館の外に巨大な女の子のフィギュアがあるから、時間があったら見に行ったら面白いですよと教えてもらったので、いそいそと見に行く。お、おもしろーい。なんでも、「なんか、美術館の前に立っているけど、あれなに?」みたいな問い合わせもあるとか。車の中から見えると、結構不気味だろう。
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(見るからに大きいけど、どれくらいかというと、)
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(これくらい。左のランナーとの比較でだいたいわかると思う。)
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(この大きさだけでもすでに芸術か。大きな人といえば、前に十和田市美術館でも展示されていた。)

十和田市美術館のサイトを検索したら、あったので貼っておく。ロン・ミュエクの作品。
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(ソース:http://towadaartcenter.com/web/ron.html)

帰りはユニクロでリラコを買って帰る。リラコ、いい感じ。


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by himarayasugi2 | 2015-07-21 09:36 | アート | Comments(0)

影絵

土曜日は、美術大好きのTさんと兵庫県美で開催されていたポンピドゥー・センターコレクションを見に行ってきた。人づてにこの展覧会はわりと面白いときいていたので、丁度Tさんから、「なんか神戸で展覧会見にいこうよー」とタイムリーにメールをもらったし、じゃ、県美にレッツゴーとあいなる。

私は絵画芸術は、ルネサンス、バロックの作品が一番好きだけど、現代アートもものすごく好きである。21世紀美術館も、めちゃくちゃ楽しかったし、十和田の現代アートの美術館も楽しかったし、青森県美も水戸芸も好き。現代アートというのは、作家も存命の場合が多くて、美術の研究史や評価史が追いつくまえに、次から次へとフレッシュなのが登場するのが魅力だと思う。この、ルネサンス、バロック、現代アートの「誰が好き、どれが好き、なぜ好き」を語りだすと長くなりそうなので、ここで終わる。

で、ポンピドゥー・センターコレクションは、わりと面白かった。暗い部屋に通されて映像を観たり、なかなか楽しい。特に好きなのは、ハンス・ペーター・フェルドマンの物の影を壁に映し出す《影絵芝居》という作品。暗い部屋でいつまでも回る影絵を見ていたくなる。でも、この影絵手法で今までで一番気に入ったのは、クワクボリョウタの《10番目の感傷(点・線・面)》である。これは、2年か3年前に大阪の国立国際で『世界制作の方法』展で展示されていたもので、暗い部屋に入って鑑賞した。この作品は、2010年の文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞したらしい。

真っ暗な部屋に、プラレールが敷いてあって、灯りはそのレールを走る小さな電車の先端にある豆電球ひとつだけである。レールの沿道には、洗濯バサミ、ざる、鉛筆などが並べてある。そういった誰も注意をはらわないような、日用品が豆電球に照らされた瞬間に、自身の影で部屋の壁を行ったことのない、どこかの外国へと変えるのだ。その影が本当に素晴らしい。

洗濯バサミとか、ざるとかが、小さな豆電球で照らされた瞬間に、異国の街並みに変わる様子は(私にはイスラムのどこかの国の風景みたいに見えた)、その場で実際に見ると、単純に美しく、作家の非凡さ、研ぎ澄まされた感性に惹きつけらる。動画を見つけたので、貼る。実物のほうがずっといいけど。よかったら。若干、国立国際で観たものと内容が違うような同じような(←気のせいレベル)感じだけど、とにかくもう一度生でみたい。 できれば、ユーチューブの画面の大きさそのままで見るほうがいいかも。ここは、小さくしないと入らなくて。
http://www.youtube.com/watch?v=8EBF0qOKpns




Tさんと美術館に行く前に食べたお昼も美味しかった。喋りまくったために、カメラを持っていったけど、写真を撮り忘れてしまった(←どんだけ喋ったかと、あきれる)。美術館のあとも、お茶して、6時半まで喋りたおす。結局Tさんとは、7時間くらい喋った。あー、楽しかった。このTさん話については、またまとめたい。

お昼を食べたお店:
黒十:http://www.cocteau-jp.com/ 美味しい和食のお店。麦飯にとろろ汁がつく。2100円のランチコースをいただく。小皿が沢山で、一皿、一皿が美味しい。老若男女誰と行っても、そこそこ満足できるかと。強いていうと、量が上品なことくらい(←あくまで個人の感覚です)。
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by himarayasugi2 | 2014-03-09 08:01 | アート | Comments(0)

人気の展覧会

兵庫県立美術館で開催されていた『フィンランドのくらしとデザイン ムーミンが住む森の生活展』を最終日に見に行ってきた。これ、行きたいなぁと思いつつなかなか行けなくて、10日で終わりだし、もう行くのをあきらめかけたころに、某さんから招待券をもらったので慌てて昨日、駆け込みで行ってきた。人気の展覧会の最終日、しかも日曜日に行くというのは初めてなのだけど、そこで学んだことは、そういうときはあらかじめ入場券を準備しておくべきだということ。入場券売り場は長蛇の列であった。招待券がなかったら数十分は並ぶことだっただろう。それだけで私なんか心折れそうになる。

とはいっても、展覧会自体は思っていたのとはちょっと違うものだった。招待券に印刷されていたのはアアルトデザインの椅子だったので、てっきりフィンランドデザインの特集かと思っていたのだ。が、実際はフィンランドデザインの家具、食器、照明などの展示は三章構成のうちの一章分であった。期待していた分、少ない印象を受けた。けれども、個人的には第一章のフィンランドの雪景色の風景画とか、神話(?)の世界観をもっと広げて、展覧会はそれだけにしてもよかったんじゃないかと思った。第一章と第二章のコンセプト的な隔たりが、展示を見た印象では実際よりも大きく見えるため、唐突に「みなさんお待ちかねのアアルト、カイ・フランクとマリメッコ」が現れたといった印象は否めない。それに、展示のタイトルに使われているわりにはムーミンの扱いは小さい。なので、盛りだくさんだけど、思っていたよりもひとつひとつの内容はあっさりしていると思った。

こういう展示の構成を考えるのは、ものすごく大変だと思うし、お金も払わずに行った分際で、ずいぶん偉そうやし、辛目なこと書きすぎたとは思うけれど、もう少しテーマを絞ってもよかったと思う。とりあえず人気のアイテムを並べてみました、という印象。でもまぁ、小さい子供さんとかも沢山来場していたし、普段美術館にあまり行かない人も取りこめたというのは、鉄板の「ムーミン」「マリメッコ」「アアルト」「カイ・フランク」があったからこそかもしれない。

北欧の風景画は雪景色と新緑の二つのパターンが多くて、特に時間的にも最も多い雪の時間を描いた絵画は多い。でも日本の雪景色を描いた絵画と比較すると、雪を擬人化してとらえているようにも見える。雪に閉ざされた長く厳しく寒い時間と上手く付き合っていくために、そういう視点を持つようになったのかなとか。そして春や新緑の風景は、実際以上に「ファンタジックに春で新緑」だったりもする。軽やかな色とか、美しすぎる新緑の風景画は、雪のない短い季節への愛でいっぱいに見える。あと森を描いた絵とかも雰囲気があって好き。童話の中の森のようで、ちょっと怖い存在でもあったりで。

マリメッコのコーナーでは、色々なテキスタイルで作られた服を天井からつるしていたのだけど、その展示方法はかなり微妙だった。高齢の男性がお孫さんに「なんや、洗濯物が干しっぱなしみたいやなぁ」と話していたのが聞こえてきて、結構笑いそうになる。

来場者はやっぱり北欧モノが好きな、お洒落な人が多かった。特に目についたのはお洒落な男性である。インテリアショップの店員さんみたいなスタイリッシュな人が年齢を問わず多い。そして、そして、そういう人はだいたいお洒落なトートバッグを持っていた。使いこまれたキャンバス地の「それ、素敵、どこで買ったんですか?」って訊ねたくなるようなトートを無造作に下げているのだ。あと、革鞄もお洒落なのが目に付いた。お洒落な女性よりもお洒落な男性のほうが目に付いた展覧会だった。

おしまい



おまけ:ショップではなぜか、ミッフィーの雑貨が売られていた。手にとった若い女性二人組が「ミッフィーもフィンランドなんやなぁ、知らんかった」って喋ってたけど、ちゃうよ、オランダやよ。
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by himarayasugi2 | 2013-03-11 08:54 | アート | Comments(0)

節分とか好きな絵とか

昨日は節分だったので、地元の寿司屋で並んで恵方巻きを購入する。ここの寿司屋の店の外に行列ができるのは、一年でも節分のときだけである。地元で恵方巻きを販売する寿司屋はここだけなのだ。あとは、寿司屋じゃないところの恵方巻きになる。だからこの店に集中するのだろう。やっぱりコンビニの恵方巻きよりは寿司屋の恵方巻きがいいし。夜はイワシの塩麹焼き、お味噌汁、恵方巻きをいただいた。南南東に向かって無言で一本丸かぶりする。これはバレンタインのチョコレートと同じで、寿司屋か海苔屋の陰謀らしい。しかも関西が発祥の地だとか。らしいわー。なら余計にそのまま陰謀に加担しよう。恵方巻きは美味しかった。美味しくなければここまで毎年盛り上がらないだろう。

相変わらずタンブラーをちょこちょこ見ている。私はネットではなくて紙のスクラップブックを昔からやっている。そこから気に入って貼りつけている写実絵画を描く画家の作品と、あと最近タンブラー経由で知った画家の作品を以下にタンブラーのまねして貼る。3作品ともそれぞれに強烈な写実性が印象的。写実的な絵画よりはどちらかといえば、早描きで粗い仕上げの絵画が好きなのだけど、これはちょっとすごいと思って貼りつけた。

礒江毅
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画像引用元:http://25.media.tumblr.com/tumblr_lb3gybGckK1qbidlso1_500.jpg
(日経2011年9月8日の記事によると、礒江は19歳からスペインで活動を始めた。1点に4-5年かけることもあったらしい。実物をいつか必ず見たい。他の作品も写真のようなのだ。)

長谷川りん二郎 猫
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画像引用元:http://www.offcenterdialogue.com/2010/10/20/%E5%AD%A4%E9%AB%98%E3%81%AE%E7%94%BB%E5%AE%B6%E3%80%80%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E6%BD%BE%E4%BA%8C%E9%83%8E%E5%B1%95/
(見ているだけでなごむ猫の絵。猫を愛していたのだろうなとわかるのだ。ケンもこの人が描いたらどんな感じになっただろう。ほかの絵もすごく素敵なのだ。)

frans klerkx
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(オランダの画家。タンブラーでアップしている人が多いのもうなずける。画面は静謐で、厳かな感じすら受ける。この人もどの作品も素敵すぎる。)
画像引用元:http://wabiisabii.tumblr.com/post/25306682396/2-crowes-frans-klerkx


よい1週間を!

P.S. More images of Klerkx's paintings
http://iamjapanese.tumblr.com/tagged/Frans-Klerkx
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by himarayasugi2 | 2013-02-04 09:17 | アート | Comments(0)

真珠とか雑草とか

マウリッツハイス美術館展を見に行ってきた。オランダ絵画の、一見素朴に見えるようで、よーく見たら妖しげで、ちょっと暗くて、空間に気配が佇んでいて、それでもって人生考えてます、という重さが大好きである。フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》のせい(?)で混雑しているだろうと、早朝から行ってきてじっくり2周して帰ってきた。フェルメールの《真珠》は大人気だけど、これって別に全人類が急に目利きになってフェルメールの絵画の価値を理解して押しかけたというのではなくて、宣伝の効果だと思う。別に嫌いではないけれども《真珠》の人気は若干過ぎるかなと。価値よりも有名だから人を集めているような、あ、有名になることも絵の価値かもしれないけれど。でも、人って知っているものしか見ないものだから、良い絵画でも知らなければ見なかったりもすることってあると思うのだ。オランダ絵画は他にもよい作品が沢山ある。フェルメールの作品だったら《信仰の寓意》が好き(メトロポリタン所蔵)。

展示の壁はワインレッドが目に付いた。それは本家のマウリッツハイスの壁の色をまねたのだろうか。かっこいい。レンブラントの作品も何点かあって、中でも、《スザンナの水浴》が見れてよかった。レンブラントの作品の周囲には常になにかの気配が満ちていて、それにものすごく惹かれる。レンブラントの作品は、世界中に散らばっていて(しかも作品数多すぎ)、すべて本物を見ることは無理だろうなぁ。今回の展示では、他は静物画もよかった。花の妖しい絵とか、ワイングラスの透け具合いとか、あの過剰な写実性がものすごく怖くていい。花も「はい、きれいなお花を描きましたよ」っていうのではないところが好きである。静物画はレモンでもなんでもちょっと剥いて中身を晒しているところが、痛々しくて、過剰に鑑賞者を意識しているようで、そういうところも好き。

デ・ホーホの《デルフトの中庭》がよかった。何度も何度も見なおした。この男性と召使はおそらく男女の関係じゃないかな。そういうほのめかしを一滴だけ絵画に落とすところは、控えめにみせかけておいて実は確信犯、なオランダの画家はやっぱりいい。最後に飾られていたヤン・ステーンの絵もよかった。この展覧会には、もう一回くらい会期中に行くかも。

昨日は夫と1階の庭と勝手口回りの石垣のすさまじい雑草除去に励んだ。1階の南の庭に、以前剪定したモッコウバラの枝が乾燥して山のようになっている。それをまずはゴミ袋に入れようとしたら、なんと、その枝の山にいっぱいアシナガバチがいて、危なくて近寄れないのだ。やむなく、その枝山から離れたオリーブの枝の伐採とか、ほかのモッコウバラの枝の伐採とか、各種雑草を抜いて、で、石垣へと移動。石垣は日陰なので、なんか暗くてわけのわからんつる性の植物もすごくて、それを丁寧にはがしては袋に詰めてゆく。こんなこと年に1回しかやらない。ジャスミンとかならいいけど、ブドウみたいなやつとか、ツルキキョウとか、シダの親玉とか、ツタとかすごい。特にツタは家の外壁にへばりついていたので、必死で除去する。結局、二人で1-2時間、むちゃくちゃ頑張って45リットルのゴミ袋9袋が満杯となる。腕があがらん。そのあと調子に乗って少しジョギングしたら、本当にばててしまった。夕ご飯までソファで爆睡する。
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by himarayasugi2 | 2012-10-08 08:14 | アート | Comments(0)

ぴさろ

水曜日は、さわさんとIさんにお付き合いいただいて兵庫県立美術館の「ピサロ展」を鑑賞する。ピサロ展は、平日の午後でもまずまずの客の入りだった。やはり印象派というのは人気がある。ピサロの絵がわりと日本国内の美術館から貸し出されていることに気がつく。展示数が多いのはそういうこともあるのかな。がっつりピサロの絵を見てきた。

絵を見て思ったのは、ピサロには芸術家によくありそうな、気難しさとか、功名心とか、プロパガンダとか、自己顕示欲というのは作品からは感じられなくて、ただただ、光が好きで、自然が好きで、フランスが好きなのかなと思った。これはあくまで印象。あまり作品の印象と画家本人は結びつかないし、そういった議論は無意味だとは思うのだけど、ピサロについては、なんとなく作品の印象は本人と重なるのではないかと思った。ピサロは、こつこつと丁寧に緻密に実直に仕上げてゆく、絵の上手な、寡黙で優しいおぢさんっていうイメージを持った。今までピサロのことは知らなかったのだけど、今回まとまって作品を見られてよかった。強烈でインパクトがある作品ではなく、作品の主題は、「太陽の光を引き立てる風景や時間」のような気がした。

確か1枚セザンヌの絵が展示されていたと思うのだけど、なかなかに強烈。

40代女子が3人集まって、どういう経緯か忘れたけれども「もし今年いっぱいで命が尽きるとしたら何がやりたいか」という話になった。私は普段どおりに生活できたらいいかなと思っている。よい本を読んで、よい絵や映画や風景をみて、よい音楽を聴き、夫と話をして、美味しいものを食べて、ケンをかわいがって、あとなにかひとつくらい人のためになることができて、天国のどこかに入れてもらう、とか。

もともと絵画では、バロックが特に好きで、次にルネサンスが好きである。はっきりとしたテクストがある絵がどちらかといえば好きなのだ。でもピサロ展を見終わって知ったのは、あまり構えずに見れて、すんなり視覚を楽しませる絵画の良さである。あとからジワジワとくる感じ。温い。ある時期に、ひとつのテーマを集中して描くというパターンは画家でよく見られるとは思うのだけど、あの光がこぼれるような絵を何枚も描くというのは、ちょっとすごいと思った。
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(美術館で画像を取り込めるサービスというのをやっていて、そこでさわさんが取り込んだ画像を私もいただいた。せっかくだから貼り付けてみた。)

ケータイ:とにかく、ケータイの操作がよくわからない。それを見越したように、友人より「携帯のメールが打てないということですが、私はあえて心を鬼にして書きますが、この携帯メールに携帯で返事してみましょう、ゆっくりやってみましょう」だって。なので、必死で朝受け取ったメールを夜に返信してみる。ものすっごい時間がかかる。実際自分がやってみるとわかるのだけど、みな、あんな小さなディスプレーの中に、蟻のように小さいキーボードで文字をぎっしり素早く打ち込むなんて、すごすぎる。ゼミ先生が、携帯を今から使うのならいきなりスマホにしちゃえばってアドバイスしてくださった意味がよくわかる。
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by himarayasugi2 | 2012-06-28 08:45 | アート | Comments(2)

ネットに存在しない喫茶店

横浜から関西に戻ってきてから今の家が竣工するまでの2年とちょっとの間、芦屋に住んでいた。その間は車を持っていなかったので私たちはよく散歩をした。一日中歩くことも多かった。芦屋浜の海やカナルパーク、朝日が丘の桜の道や、鳴尾御影線と二号線の間のエリアや芦屋川沿いとその周辺などなど、芦屋には散歩が楽しい場所が多かった。芦屋に住んでいて思ったのは、駅からちょっと歩いたところとか、住宅街の中に素敵なお店が多いということだった。お庭の手入れの行き届いた邸宅などを見ながらぶらぶらするのは楽しかった。

連休最後の月曜日に、こまごまとした買い物のために車で外出をすることにした。最初の買い物を済ませて、次の店に行くまでにちょっとお茶しようかとなって、せっかくだから最近行ってないお店に行こうとなる。そのとき夫が、「あそこは?」と、芦屋に住んでいたときに散歩の途中に見つけた住宅街の小さな素敵な喫茶店の名前を口にした。その店は古い大きなお屋敷のガレージを改造したお店で、運営しているのはお屋敷に住んでいる家族の女性メンバーである。想像だが、「おばあちゃん」「おかあさん」「おばさん」と思われる3人が、お店に入っていた。昼前から夕方まで和気藹々といった感じでされている。近所の人が立ち寄ってくれて、お話することをお店の人が楽しみにしているといった店なのだ。

お店はガレージを店舗に改装した部分と、庭の一部にテントを張ってソファを置いて庭を見ながらお茶ができる部分があって、寒い日は透明のビニールの幕をぴたっとおろしてヒーターをつけてくれるので1年中お庭でお茶も出来るのだ。お庭には桜の大木があって、知る人ぞ知るお花見スポットでもあった。店内の内装は、センスのよいデザインで、グレーがかったベージュの塗り壁に落ち着いた色のフローリングがカントリー調ではなくシックでモダンであって、親しみやすいのに洗練されているのだ。サンドイッチもケーキも全て手作りで素朴でとても美味しい。80代の女性「おばあちゃん」は、1度お見かけしたときは紺色のワンピースにベージュのカフェエプロンで、真っ白な髪をシニヨンにされていて可愛らしい声で話しかけてくれた。ときどきお隣の住居から日本犬の雑種がお庭の席に顔を出してきては、「これこれ」と、いつも女性に連れ戻されていた。

久しぶりにその店に行ったのだが、雨が降りそうだったし屋内の席に座ることにした。ここはいつも絵がかかっていて、定期的に掛けかえられている。この日に掛かっていた絵がとても素敵な絵で、お店の人に言って写真を撮らせてもらった。作品は高橋義治という方のもので、この人の作品は年に2回くらい店内に飾ると説明を受ける。私が気にいった様子を見て、わざわざ画集を持ってきてくださった。高橋義治は東京芸大を卒業してドイツに渡り、ドイツで1998年に亡くなっている。パウル・クレーの絵になんとなく似ているなぁと思っていたら、お店の方が「彼はクレーの絵がすごく好きで影響を受けたと言っていたみたいですよ」と教えてくださった。
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(上の絵は、《Tea Time》という作品で下の絵は忘れた。両方ともお店においてあった画集にもあった。お店の方の承諾を得て撮影した。)

この日店に出ていた女性は、紺色のTシャツに白いパンツ、若草色のカフェエプロンに白のスニーカーという装いだった。ショートボブに黒縁のめがねがとてもおしゃれで、朗らかな方だった。店内は控えめにずっとクラッシックが流れていて、ラックにはパウル・クレー展やルーシー・リー展の図録が見える。インテリアの写真集もある。バナナのシフォンケーキはお料理やお菓子作りの得意な方のお家でよばれるような、素朴で美味しい家庭の味だった。「やっぱりここは落ち着くねー」と夫。久しぶりに来たけれども変っていなかった。

このお店は何度検索をかけてもネットで見つからないのだ。だから住所も電話番号もわからないまま。記憶を頼りに今回も車でぐるぐる探したのだ。私が街歩きの本の編集者だったらここに取材に行って色々お話を伺いたいのだけれども、反面、あんまり知られたくないような複雑な気持ちになる。こののんびりさが好きだから。ここはお散歩途中に見つけるお店なのかもしれない。ネットに存在しないのは、同じように考える人が多いからかなぁとパソコンの検索画面から離れることにした。
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(入口。お店の方の承諾を得て撮影した。)

高橋義治のサイト(作品を見ることが出来る)
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by himarayasugi2 | 2011-09-20 07:45 | アート

音を見ようとする。

音のない世界で』というフランスのドキュメンタリー映画を観た。ろう者の人達の教育、生活、結婚、出産などをカメラが追い、その映像と映像の合間には手話のインタビューが挟まれている。このドキュメンタリー全体の感想は、うまくまとめきれないので印象に残ったインタビューだけを忘れないように記録しておく。

ろう者で自身も手話を学校で教えていたという初老の男性が(手話で)話すには、「手話は世界共通と思っている人が多いけれども、それは違う。フランスにはフランスの、ドイツにはドイツの、中国には中国の手話がある。私が中国に行って、中国のろう者の人と手話で会話しようとしても、最初はなかなか上手くできないのだけれど、2日もあればもう普通に手話で会話ができる。中国語を話せない健聴者のフランス人が中国に行って2日で中国語で会話は無理だろう。もっと時間がかかるだろうね」(*1)と手話で語ったあと、「どうだね?」という表情でニッコリと笑った。言葉は情報の記録、保持のためには便利なツールなのだが、もしかしたら言葉を介した意思疎通というのは、「疎通度」においたらかなり順位は下がるのかもしれない。

月曜日、Y先生との雑談。全盲のピアニストとして国際コンクールで優勝した辻井伸行さんは、ピアノ協奏曲をオーケストラと演奏するときに、指揮者の合図を指揮棒を振るときの指揮者の息遣いで「ああ、今だ」とわかるらしいと、私が話すと、「では邦楽(日本固有の伝統音楽、能楽や雅楽など)で複数の奏者が演奏するとき、指揮者がいないのになぜぴたりと音が合うのかわかりますか?」とY先生。

Y先生によると、普段は、全体練習でも障子や襖で隔てて1人1人が分かれて練習するそう。それは互いの姿が見えなくても音が合うようにするため。だから本番でぴたりと合うとか。「へー」とめちゃくちゃ驚く私。「こう考えるとさ、邦楽は全感覚を使って“息、ぴったり”というか“呼吸を合わす”っていう音楽なんだね、身体性を介すんだよね」と先生。オーケストラは指揮者の指示で演奏を始めたり、止めたりする。邦楽は呼吸を共有するのかもしれない。考え方が違うのだろう。面白い。

幼少期に聴覚を失った神戸の画家、西村功の絵を初めて観たとき、偶然なのだが、先生も私も画家が聴覚を持たないことを知らずに観ていた。先生はパリの地下鉄の絵を、私はパリの列車の駅の絵を観たのだが、2人とも同じように感じる、「なんか、駅なのに人もいるのに、えらく静かな絵だな、音が聞こえてこない」と思ったのだ。聴覚を持たない西村功は、常に音の無い世界を描いていた。それが聴覚を持つ私と先生が観ても音が無い光景に見えたということである。「先生、音は見ることが出来るのでしょうか」「うーん、そうかもしれないよね、意識していないけど、2人とも同じことを思ったのだから、少しは音を見ているのかもしれないねぇ」興味深い話だった。

*1:鑑賞後に記憶を基に再構築したので、発言そのままではない。
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by himarayasugi2 | 2011-06-21 08:20 | アート | Comments(0)

超絶素敵喫茶とルーシー・リーと芸能人

私の器の師匠、さわさんをお誘いして、東洋陶磁美術館で開催されている『ルーシー・リー』展に行ったのだが、メインイベントであるはずの『ルーシー・リー』展にたどり着くまでに、なんだか色々あった。以下、時系列に出来事を記録。

ランチはレトロな北浜で
研究室のYさんらが「東洋陶磁に行くなら、絶対ここでお茶してくださいよ」と教えてくれた英国風喫茶室でまずはランチ。私は、神戸の三宮・元町の一角と、神戸の東側、阪神間はある程度詳しいのだが、大阪となるとまるでだめ。大阪は、山と海が見えないので東西南北がわからなくなる。さわさんは、体内に方位磁石があるかのように初めてきた場所でもすぐわかるみたい。レトロな喫茶室はすぐにわからなくてうろうろしていたら、中古カメラ屋のおっちゃんが店からわざわざ出てきて「どこ行きたいねん」ときいてくれた(*1)ので、店の名前を言うと、親切に教えてくれた。こういうのって神戸ではないんよね。大阪の人情みたいなので嬉しい。お礼を言ってレトロな英国風喫茶室へ。目の前できゃー素敵!と言ってさわさんと、しばし外観の撮影会となる。やっとこ落ち着いて入店し、超素敵な店内へ。ランチメニューはわりと限られていて、要はサンドイッチしかなくて、それはちょっと残念な味だったけど、雰囲気があまりに素敵でサンドイッチは帳消しに。ケーキ、美味しそうだったよ。今度はお茶するぞ。
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(素敵な外観に興奮気味で撮影したのだった。)
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(すっごく素敵な店内。)
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そこに芸能人登場
サンドイッチをつまみながら、ぺっちゃらくっちゃら喋る。そうすると、いきなりテレビカメラが入ってきて、クルーが数名、撮影ディレクター風の女性の後に続いてどこかで見たことのある顔が。円広志だった。真っ黒に日焼けしていて、テレビで見るまんまの顔だった。ディレクターとおぼしき女性が「すみません、おくつろぎのところ、関西テレビの『よーいどん』という番組の撮影です。みなさん、普段どおりにお食事続けてくださいね」と声をかける。円広志が「すみません、有名人の円広志です」と挨拶し、いきなり撮影がはじまった。ま、お店の紹介みたいで、タルトか何かをつまみながらお店の人と「このビルは築何年ですか」とか「あんた、バイト?社員?何年目?」とかとか話していた。実は私とさわさんの席は、円広志から1番近い席だったのだが、写メをすることもなく、ただだまってじーっと見ていたという愛想のなさ。でも、きゃーきゃーいう感じでもないし。円広志にはとても失礼だと思うけれども、テンション低めで見守っていた感じ。途中からさわさんと、普通に話に戻っていたし。しかし、素敵な店内。トイレも素敵。建物は築100年のレトロビル。さわさんは、一階のショップでアールグレーを購入していた。
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(二枚ともトイレの内部。天井が高くて、寒い。手洗い台もクラッシックだったし、蛇口もイギリスのちょっといいB&Bみたいだった。そうそう、スコットランドで泊まったB&Bによく似ていた。)
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(ケーキのショーケース。お店の人の許可を得て撮影。左上のベリーのケーキを隣の席の女性が食べていて、めっちゃ美味しそうだったので、次回はこれを食べる。)

やっとメインイベントへ・・・
レトロビルのおされカフェとテレビ撮影で、さわさんも私も大阪に来た理由を忘れるくらいなんだかテンションが上がる。が、そもそもルーシー・リーに会いにきたんじゃん、ということで東洋陶磁へ。『ルーシー・リー』は、器ショップのオーナーなど必ずチェックしているであろう(*2)。充実の展示内容に大満足だった。フォルムは高台のついているちょっといい日本のお茶碗を思い出させる、なんとなく日本的で繊細なものが多い。彼女が美術を学んだのはウィーンだったから、ウィーン的?展示数は十分だったけど、解説文に執筆者の単なる主観でしょ、みたいなコメントが散見された印象。もうちょっと器の用途とかにも触れて欲しかった。用途が気になるくらい、純粋に実用的というよりは、やはり芸術的要素が強くフルーツとかを盛っていたのかなというボールが多かった。花器は、首が細く、口がラッパ型でかなり生ける花を選ぶが、はっきりとしたフォルムの花ならはえる。使いにくそうと思いつつ、こういった形は同美術館の平常展で見た宋とか高麗の花器のかたちによく似ていたから参考にしたの?そういうのも知りたい。おそらく宋の器などは必ずリーは見ているはずだから、影響は受けたのかもしれない。個人的には掻き落としのこげ茶とシロのボールが気に入った。フリーハンドでひかれた細い線はどこまでも優雅で、古いのにとてもモダンな器だった。素敵な展示だったし、美術館自体もこじんまりしてよかった。

盛りだくさんな1日。大満足。

*1 私は典型的な「地図を読めない女」なのに、なぜか道もよく訊ねられる。
*2 実際、器ショップのオーナーっぽい「オサレな人」が多かった。

追記:東洋陶磁美術館には、宋時代のすんごい青磁とかわんさかあります。国宝の油滴天目茶碗もあります。大阪国立国際を見て、ここ見て、お茶して駅まで歩いてハービスプラザエントの粋更(Kisara)とか覗くと必ず欲しいものがあります。よければどうぞ。
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by himarayasugi2 | 2011-01-20 08:45 | アート | Comments(12)

ようこそ、アムステルダム美術館へ

『ようこそ、アムステルダム美術館へ』(HET NIEUWE RIJKSMUSEUM)というドキュメンタリー映画を、先日観に行った。これは、オランダが世界に誇る国立の美術館の改築にまつわるドキュメンタリー。美術館の改築なんて、ドキュメンタリーになるのかといえば、なるなる!って感じで、とにかく面白かった。個性的すぎる人たちのせいで全然、改築が進まないのだ。結局ドキュメンタリーの最後にやっとこ着工しはじめるところで終わる。2004年に一端、改築工事のために閉館し当初は2008年に再オープン予定の美術館は、もめにもめて結局再オープンは2013年ごろになってしまうのだ。現在も工事中。本編は、理想主義の館長、ごり押し民主主義のサイクリスト協会、サイクリスト協会に選挙の面でお世話になっていてサイクリスト協会の味方の地区委員会、後から文句ばっかり言う政府、個性的すぎる学芸員達、せっかくコンペで勝ったのに、どんどん設計変更を迫られて気の毒な建築家などの登場人物の本音のドキュメンタリーである。

美術館という空間が好きで、以前も『ルーブル美術館の秘密』というドキュメンタリーを観たことがある。この『アムステルダム』もそうなのだが、美術館と美術品を心から愛するスタッフの表情がとても素敵で、それだけでも見る価値があると思う。アムステルダム美術館は、とにかく大きくて、学芸員もオランダ絵画については世紀ごとに主任学芸員がつく(これはすごいと思った)。17世紀担当、18世紀担当、というように。本筋の改築着工までのトラブルストーリーとは別に、そういった美術オタクの学芸員のインタビューも面白い。18世紀担当の主任学芸員は、「展示で18世紀の空気を作る」ということに拘りがあり、改築後の美術館でどのように18世紀オランダ美術を展示するか、と理想を語るのだ。そのスノッブな話し方が面白い。また、アジア館の主任学芸員は、日本から買い付けた金剛力士像がやっとアムステルダムに到着したとき、目がキラキラ輝いていて、うれし泣きしているようだった。オランダで、こんなにも日本の仏像を愛している人がいるなんて、たった一人でもそういう存在を知ることができて、そういう意味でもこの映画を見てよかったと思う。

結局、最初の館長は一向に前進しない改築プロジェクトに嫌気がさして途中で辞任するのだ。そのときに、17世紀オランダ絵画担当学芸員は、「ボクが次の館長だって噂されるのは、嬉しい、ボクはそれなりの美術史家だし」とまんざらでもない心境をカメラに向って話す。結局、別の人が選ばれたのだが、落選の心境を訊ねられて「落ち込んだ、暫く家庭菜園で肥料に手をつっこんだりして元気になったよ」って答えるのがおかしかった。また、アジア館の主任学芸員は、館長が辞めることにショックを受け、そのショックを「ライデン大学(出身校)の図書館に1週間こもることで乗り越えたよ」と独特の立ち直り方を披露する。警備主任は、この美術館を子供のように愛していて、解体中の廃墟のような美術館を毎日見回り、いとおしそうに壁のヒビを見つめているのだ。美術館を単なる職場とだけでなく、自身の人生の大切な部分として考えている人たちによって結局、アムステルダム美術館は支えられているのだなというのが、感想。

また、ミーティングのシーンが何度も映るのだが、そのときにちゃんと珈琲の入ったポットがいくつも用意してあって、シュガーポット、クリームも添えられている点に注目した。カップも陶器のカップ&ソーサーであって、紙コップでもなければ、冷えたペットボトルのクリスタルカイザーでもなければ、ヴィッテルでもエヴィアンでもなかった。そういう「ちゃんとお茶する」という姿勢がヨーロッパ的で、今そんなソーサーを持って、優雅に珈琲を飲む時間ないやろ、っていうときでも、こういうところははしょらないのだ。エレガントでいい。国を代表する美術館の運営スタッフには、事務処理能力も大切だけれども、普段から優雅に振舞うことだって求められていると思っている。ミーティングにペットボトルを一人一本なんて、味気ない。準備する側は楽だけどね(経験者談)。

極私的オランダ贔屓:オランダ絵画が好きだ。超絶技巧の静物画もいいし、肖像画もいいし、聖書画もいい。なんでも素敵。ヴァニタスの静物画や、室内画の開け放たれた扉の向こうの形無きものの「気配」(これは某氏の表現を拝借)、レンブラント絵画の深さなど、あげていたらきりがない。一見地味なのは認める。印象派絵画の持つ華やかさには欠けるかもしれない。だからあまり日本で人気がないのかも(あ、フェルメールはすごい人気だった)しれないけれども、オランダ絵画は、いぶし銀のような魅力がある。ゴッホだけじゃないんさ。でも、ゴッホもいい。モンドリアンもおるし。でもレンブラントもフェルメールもいい。
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by himarayasugi2 | 2010-11-21 09:16 | アート | Comments(4)