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ヒマラヤスギ雑記

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ポーチ問題

おむかえの更地で、ついに工事が始まった。わかってはいたのだが、音がすごい。一度石垣を崩して、道路と面を合わせてから基礎を打つとのこと。RC造なので担当現場監督によると基礎だけで3か月近くかかるらしい。「素敵なお家が建ちます」(By工務店)とのこと。それは楽しみなのだが、解体工事の音にケンがびびって座っている私の足元から離れない。ケンは音が怖いのだ。


ケンとの朝のお散歩コースのうち東にぐるっと公園を経由して回るコースには、途中、幼稚園バスの停留所が2か所ある。そこに集まるお母さん方はみな雑誌のVeryとかに出てきそうな綺麗でお洒落なお母さんばかり。朝から、ファッションもメークもばっちりなのだ。そこでよく見かけるのが、小さくてオシャレなポーチを斜め掛けしたお母さんである。地元スーパーでも時折見かけるのだけど、小さなポーチだけでお出かけしたいといつも思うのだ。悲願でもある。ああいうカワイイのを持ってみたい。といっても持ち物がなぜか多い私、長財布を2つ折りの小さめのお財布に替えるだけでは、あんな小さなポーチに入らないような気がする。改めてなぜいつもバッグが重く、大きくなるのか、バッグの中にあるものを分類して検証してみると、

カテゴリー1)外出時に必ず持っていかないといけないもの;
鍵、お財布、カード類(ID、ICOCA、回数券)、スマホ(ちょっと前まで持ってなかったことを考えると感慨深い)、リップクリーム、

カテゴリー2)上記に加えて「持ってないと落ち着かないから結局持つもの」;
老眼鏡、ハンカチ、頭痛薬(最近は出先で服用することは全くないのだが、急に頭痛がしたときのために持ってないと不安)、エコバッグ、リップクリーム以外のコスメ

カテゴリー3)季節ものだけど、持つことが多いもの;
日傘(手持ちになるけど)、水筒、

カテゴリー4)通学時;
ハンドアウトでぱんぱんのクリアファイル、書類ファイル、電子辞書、ペン、メモ、手帳、付箋、本とか、

小さなポーチに入りそうなのは、カテゴリー1)のものと、あとカテゴリー2)のハンカチ、頭痛薬くらい。老眼鏡は入らないだろう。通学時は、カテゴリー3)と4)のものと、ポーチを分けて持つことは可能だが、ポーチだけの外出はやっぱり難しいのだろうか。夏場は、水筒がないとほんとに不安だし。うーん。スケジュール管理は、手帳で書くスタイルでないと嫌だし。

やっぱり小さいポーチ生活は無理なんだろうか。引き続き考えてみる。







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# by himarayasugi2 | 2017-06-29 09:54 | モノ | Comments(0)

わりとよくある1日

午後から雨だというから、濡れてもダメージの少ない装いをチョイスした。リネンのカットソー、デニム、靴下、(レインブーツ代わりの)ブランドストーンのサイドゴアブーツ、ナイロンのリュック、折り畳み傘を入れて日傘はなし……である。が、大学の行きかえり、1滴も降らないどころか、めっちゃ晴れてて、日傘なしでは、かなりきつかった。むっとするような湿気と30度近い気温で、ブーツを履いたことを後悔する。どうしてこうなるのだ。先日も同じことを書いた気がする。

今書きまくっているものを、書けたところまで持ってくるように言われていた。原稿を某先生の時間にみんなで見てもらう。某先生が読むように言われた文献も内容に反映させているけど、これでいいのだろうかと不安だった(というか、雷落とされるんとちゃうかと戦々恐々だった)。が、意外と内容がよかったみたいで、めったにでない「いいでしょう、これで、このまま書き進めて」(by某先生)をいただき、ほっとする。授業後、Iちゃんが文章のわかりやすさをえらく褒めてくれた。嬉しい。6月最大の山場はこれで終わり。が、年内は山場が何ダースもある。やるのみ。ときどき息抜きをしないと滅入る。

地元の駅を降りて、普段はめったに歩かない道を歩いてみた。なんか、「テナント募集」の貼り紙が目につく。軒並み閉店しているのだ。駅からすぐなのに、なぜこちらの通りは閑散としていて、あちらの通りはにぎわっているのだろう。ついでにもっと歩かない道を歩いてみたら、マンションの花壇のところに小さな看板があった。記憶をもとに再現。

「お散歩に行くときは、ウンチ袋とペットボトルの水を人間に持たせてください」

これ、犬にあてたメッセージなのだ。こういうユーモア、好き。きっと、こんなに手入れされた美しい花壇にオシッコさせる飼い主がいて、迷惑されているんだろうなと思う。犬は、ニオイを嗅いだところにオシッコをかける確率がかなり高いので、よそ様の玄関前とか、花壇とかでは、そもそも立ち止まらせてはいけないと思う。この看板を書いた人(マンションの管理組合だった)は、花壇にオシッコさせても平気な飼い主には、何を言っても無駄だと思って犬宛にメッセージを書いた体を装いつつ、「こんな飼い主よか、犬のほうがよっぽど賢い」と皮肉っているのだろう。そのとおりだと思う。うちの家の斜め前にもうすぐ家が建つ更地があるのだけど、その更地の縁石に連日ウンチを放置している飼い主がいる。小さなウンチだから、小型犬だ。そこにそういう貼り紙をしてみようかな。

「あなたが連れている人間に、ウンチを拾うように指導してください」とかなんとか。

帰宅後、ケンと散歩に出る。ものすごいゆっくりと歩くケン。ゆっくりすぎてこけそうになる。そこを、ウォーキングで通りかかった70代半ばくらいのシャキーンとした女性が、「ずいぶん、ゆっくりねー!」とケンに笑いかけて追い越していった。

重い荷物を持って歩いたから、ほんとに疲れた。


土曜日に、『ブランケッツ・キャット』というドラマが始まった。初回を見た。いい感じ。矢野顕子の曲がすごーーーくいい。 
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# by himarayasugi2 | 2017-06-27 18:10 | 雑感 | Comments(0)

日曜の作業の記録だけ

草屋根が雑草でえらいことになっているので、草むしりを行う。実は、いつから屋根に上っていないか覚えてないくらい、ここんとこ遠ざかっていた。梅雨が明けたら毎日水遣りに上るのだけど、それ以外の期間はもうね、上がることもなく放置していた。草ぼうぼうと思っていた屋根は、そうでもなかった。というか、先週まったく雨が降らなかったので、枯れている草が目立つ。クローバーとか、完全に枯れていたし。夫が先に上ったので、彼の背中に「とにかく目につくものから先に抜きはじめておいて」と声をかけて、軍手をはめて少し遅れて上ると、夫が「なんやこれ、目立つなー」とバンバン抜いている。みると、わざわざ種をまいたコスモスだった!

「ちょっとー、それコスモスよ!やめてよ!」と屋根の上で激オコの私である。毎年コスモスは花を咲かせるのに、なぜ覚えないんだ、夫。コスモスから離れろ!と怒り、夫をコスモスとかお花が咲くエリアから追放し、夫の抜いたコスモスをなんとか抜いた穴にいれて蘇生を試みるも、多分ダメ。

機嫌を直して草むしりを続けると、なんと、百合の茎を確認する。毎年、実家の庭で自生する百合の種を屋根に撒いていたのだけど、1本も生えなかった。4年目でやっと百合が屋根に根付いてくれた。嬉しい。数えたら5本あった。このまま無事に咲きますように。夫が抜きませんように。夫には、百合を絶対に抜かないようにと、レクチャーしておいた。心配だけど。

雑草の量は、45リットルのゴミ袋3杯だった。1時間半くらい大人2人での作業である。曇ってはいたが、汗びっしょりになった。

写真はなし。咲き始めたらまた撮影するかも。
暑い。でも、まだエアコンなしで耐えられる。梅雨が明けると、怖いくらい暑くなるのだ。 






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# by himarayasugi2 | 2017-06-26 13:13 | 雑感 | Comments(0)

最近のこと。

毎朝、ケンは実家に顔をだしておやつをもらう。ケンがおやつを食べているとき、母と最近のテレビの話をすることが多い。母は、将棋の藤井四段がお気に入りである。14歳とは思えない落ち着きぶり、勝ってもはしゃがないところ、などなど将棋の強さだけでなく、その人柄にも魅力を感じているようだった。なんでも、藤井四段に負けた棋士たちが、「ぼくたち、藤井被害者の会」とテレビで言っていたとか、あと、藤井四段の強さは、「調子がよくて特にミスもしていないのに、気がついたら負けていた」と相手が感じるところにあると教えてくれる。「侍がすれ違って2-3歩たってから、斬られていることに気づいて倒れる、みたいな」感じで相手が負けるのだとか、いろいろ説明してくれた。そうなんだ。へー。また、対局のとき、自分の負けを知った相手が「負けました」とか「参りました」とかって言うのだけど、母は「参りました」のほうが好きらしい(←なんとなくわかる)。将棋を知らない私にとったら、なんでこの段階で負けたってわかるんだろうと不思議なのだが、プロだと少なくとも20手先まで読めているので、わかるそう。急に将棋に詳しくなった母である。

藤井四段以外に今朝話題にのぼったのは、豊田真由子議員である。もう、笑うしかない。パワハラという言葉だけではこの方の異常さというか、奇怪な言動を十分に説明できないと思う。ハンマー(ハンガー?どっち?)で運転中の秘書を殴るとか、おかしな歌を歌うとか、よりによって議員が……って感じである。ただ母は、「あの歌、いいことがあった後に悪いことがあるという構成は、うまいんだけど(←そこ褒めるとこか?)、内容がね、品がないわ」と、真面目に分析する。母と私の結論は、「この人、今後はどんな選挙も無理だろう」ということで一致した。優秀なんだけど、人物に大きな疑問符がつく人って、キンロー生活で3人遭遇した。かかわるとこちらの心が蝕まれていくというか、こっちのメンタルがもたないような、取り扱い危険な人たちだった。こういう人は学歴とか経歴と関係なくどこにでもいる。距離を置くしかない。あと、元官房長官がこの豊田議員を擁護しているようだけど、逆効果だと思う。あれは庇うところはどこにもない。かえって、あれと同じだと思われるだけ。豊田さんの場合は、表の場での丁寧で腰の低い口調とのギャップがすごすぎて、同じ人とは思えない。


1人の女性の死が、とても胸に迫った昨日だった。
明日を迎えられること、家族と他愛のない話をすること、散歩をすること、なにも起らない平凡な時間、それらがいかに大切か、主体性をもって生きることがいかに尊いのか、改めて感じた。
ご冥福をお祈りいたします。 







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# by himarayasugi2 | 2017-06-24 11:33 | 雑感 | Comments(0)

記録だけ。

ゼミコンだった。ゼミ卒業生とその卒業生の現在の仲良しの同僚も参加して、普段より少し人数多めの集まりになった。お店は、手軽な値段でとても美味しかったから、また別でも行きたいなとは思った。しかし、店に行くのはしばらく時間をあけたほうがいいかもなぁとも思った。というのは、Tさんが、酔っぱらって気分がいいのはわかるのだけど、大声を出し過ぎていて、なんか恥ずかしかった。1軒目であんなにべろんべろんにならないほうがいいかも。グループで行くとつい大声になるのかもしれないけど、貸し切りでもないし。

いろいろ話題が移り変わり、ふいに「ヒマラヤスギさんはどこで結婚式を挙げたのか」という質問を受ける。私が「六甲オリエンタルホテルの敷地にあった安藤忠雄の風の教会で挙式して、そのあとオリエンタルホテルで披露宴をした」と答えると、M1のCちゃんが、「そこって、今、六甲ミーツアートのときに廃墟アートになっていましたよ」と教えてくれて、写真も見せてくれた。風の教会は、ほぼ放置されていて、壁にはどす黒いシミができているようだし、廃墟感がはんぱなかった。参列者が座るベンチは2-3を残して撤去されていて、壇上には、黒い大きな玉が「コラボレーション」として置かれていた。この黒い玉の存在が廃墟感を強めている。Cちゃんによると、オリエンタルホテルの建物は、ほんとの廃墟みたいになりつつあるとか。アートにもならないのだろう。

以前もここでも書いたけど、私たち夫婦の結婚にまつわる場所って、ほとんどこんな感じで残ってないのだ。プロポーズをされたクラッシック喫茶は閉店となり、披露宴・挙式を行った場所は廃墟となり、ウェディングドレスを作った店も閉店になったし、二次会に使った某ホテルのバーは残っているのかなと思ったら、なくなっているらしい。総まくりである。寂しいんだけど、仕方がないなぁというのが率直な感想。結婚というのは、点ではなく、点と点をずっとつないでゆく状態を指すのだと思っている。風の教会が、雨漏りしつつもアートとしてお役目を果たしているのであれば、それでよし、である。ウェディングドレスは、家にしまってあるけど、年に1度もその存在を思い出すことはなく、見返すことも、もちろん着ることなんてない。そういうものかなぁと。それよりも毎日、二人で機嫌よく楽しく過ごせる時間の更新を続けることが、大事なんだと思う(当たり前すぎてあえて書くことでもないかもしれないけど)。







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# by himarayasugi2 | 2017-06-23 11:44 | 雑感 | Comments(2)