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ヒマラヤスギ雑記

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猫っぽい柴犬さん

犬は人懐っこくて、寂しがりやでいつも人に寄り添うイメージがある。猫は気まま、気まぐれ、独立心旺盛という感じ。だが、柴犬は一般的な犬のイメージよりも猫に近いように思える。ケン(柴犬♂推定年齢三歳半)を見ていると、猫っぽいと思えるところが多々ある。

まず、クールで愛想ないことが多い。ドッグカフェなどで犬好きの人が「ケンちゃん、こんにちは!いい子やね」と笑顔で近づいて撫でてくれても、ケンは「は?なんか用?」みたいな感じでクールなのだ。飼主としては、もっと愛想よく「ボク、ケンちゃんだよ!こんにちは!」(書いていてもちょっと気持ち悪い)と尻尾フリフリ、笑顔でお返事して欲しいところ。現実は、無表情にチラと相手を一瞥し、よそ向いたり無視(?!)したりする。柴犬好きにはその愛想のなさがたまらない魅力なのだが・・・。
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(「なんか用?」みたいな顔)
そして、べたべたしないところ。ケンが日向ぼっこしてぼーっとしているのを見ると、可愛くてぎゅぅぅとしたくなるのだが、まず出来ない。抱っこは嫌いだし、べたべたすると途中で、すっと離れてしまう。ケンは自分が甘えたいときだけ、ぐぅといって頭をすりつけてくる。10秒ほどぐぅぐぅやると気が済んで、またとっとこと行ってしまう。気が向いたときだけひっついてくれる。もっと甘えて欲しい、飼主の切実な願いである。
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(撫で回されるケン、眠い)
そんなクールなケンを思う存分触ることが出来るのが、ケンが眠いとき。眠いとめんどくさいのか、触られても気にせずそのまま撫でさせてくれる。そして、気が向いたらお腹も見せてくれる!(嬉)。マッサージが気持ちいいと、前足でちょいちょいと「もっとマッサージしなさい」と催促(命令に近い)してくる。喜ぶ飼主たち。寝ているケンの後ろ足のつけねに手をいれると温かくて、幸せな気分に。
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(爆睡中。「柴犬梱包中」)
ツンデレの柴犬に魅入られてしまった柴犬飼いの必携の書が、影山直美さんの『柴犬さんのツボ』シリーズ(辰巳出版)。クールだけど、ちょっとどんくさい柴犬の表情とか、あの飄々とした感じとか、本当によく観察されていて、柴犬の魅力を余すところなく伝えている本。読んでいて楽しい。「そうそう、そうやんねぇ」と膝を打つことばかり。柴犬はクールに見えるけれども、本当は照れ屋なのだと思う。アピールが下手だけど実はいいやつ。
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「それ何、何、何?」

スケートの清水選手の彼女報道。お相手はカリスマモデルだそう。ネットニュースで彼女が柴犬二匹と暮らしているという情報を掴む。それは、相当好感度アップとちゃうかな。
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# by himarayasugi2 | 2009-12-03 00:10 | | Comments(0)

藤田嗣治と自画像とインテリア

林洋子氏の『藤田嗣治 手しごとの家』(集英社新書 ヴィジュアル版)を読んだ。11月21日の日経新聞の記事以来、興味を持ったのだ。本書は、藤田の私生活での拘り、暮らしかたを、ヴィジュアル資料をふんだんに使って紹介したものである。独特の「乳白色の肌」で知られる藤田は、日常生活においても独特の美をとても大切にしていた。
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略年譜によると、藤田の東京美術学校卒業時の卒業制作は自画像だった。美術学校の卒業という区切り(これは画家としてのキャリアの開始でもある)に、自画像を制作することに何か考えがあったのだろうか。とても興味深い。画業全体をとおしてもやはり自画像の制作は継続しているようだ。絵画以外でも藤田は自分の姿を多くの著名な写真家に撮影させている。自画像を制作することと、被写体となって自身の肖像写真を多く残すことは、全く同じことではないにせよ、藤田にとって「自身の造形」は、興味の対象であり、創作活動において重要だったと考えられる。

また藤田は、生活全般を「自分らしく」整えることに注力していたようだ。本書で紹介されている藤田の部屋の写真からは、自分の空間を大切にしていた様子がうかがえる。藤田は自分のアトリエについて「多少風変わりな、自分だけの好みの、特殊の空気が欲しいのである」(50ページ)と発言しており、そのために必要なものは手づくりし、既製のものには必ずひと手間かけていたようである。写真でみる藤田の美意識に貫かれた部屋は、好きなものに囲まれた、温かく、楽しく、とても魅力的で長居したくなるものだった。
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(同書:49ページの写真を撮影)
私が最も心惹かれたのは、ベッドルーム。ベッドに張った布も、ベッドカバーも藤田が選んだ。壁に飾られた絵画に、枕元の十字架、ランプ、床に置かれた籠、横の本棚など、藤田が「自分だけの好み」を追究して作り上げた結果、誰もが憧れる素敵なベッドルームになっている。

>メモ:
レンブラントもそうなのだが、自画像を創作活動の1ジャンルとして、相当数制作することは画家にとってどういう意味があるのだろう。心理学的な視点からも検証する必要があるのかもしれない。単なるナルシストというわけでは、断じてないと思う。
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# by himarayasugi2 | 2009-12-02 08:48 | アート | Comments(0)

クリスマスキャロル

ハロウィンが終わるとお店のディスプレーはクリスマス一色になる。先日行ったイルムスも、MADUもクリスマスのオーナメントでいっぱいだった。そして、12月になれば、町はクリスマスキャロルでいっぱいになる。
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有名なクリスマスキャロルといえば、『きよしこの夜』『あら野のはてに』とか『諸人こぞりて』などで、シーズン中は何処に行っても聞えてくる。そのきらびやかな旋律でいっぱいのこの時期、どちらかというと静かな『かいばのおけに』(Away in a Manger)が聞えてくると立ち止まり、耳を澄ます。『かいばのおけに』は、あまり街中のショッピングモールで流れることはないし、その静けさ故に、流れていても雑踏にかき消されてしまいそうなキャロルなのだ。
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(高校二年のときの担任が、クリスマスプレゼントとしてクラス全員にプレゼントしてくださったクリスマスキャロル集)

『かいばのおけに』は、初めて英語で歌ったクリスマスキャロルである。中学一年の英語の時間に外国人の先生が教えてくれた。当時は地味な曲だなぁと思ったものだった。もっと有名で歌いやすいメロディのキャロルにして欲しい、などと考えていた。

けれども、いつ頃からだろう、こんなに美しいクリスマスキャロルはないと思うようになったのは。この曲を聴くと、イエスが馬小屋で生まれたその情景が目に浮かぶ。ルネサンスのキリスト生誕の絵画のような、静謐な旋律と美しい歌詞は、聖なる夜にふさわしい。
        (右:イルムスで購入。)c0221299_8552450.jpg
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# by himarayasugi2 | 2009-12-01 08:59 | 雑感 | Comments(2)

ドラマを見て考えた

TVはニュース以外だと、ドラマを時々見る。ドラマは面白そうなものだけ観ている。秋のドラマでは現在のところ、『JIN』、『相棒』、『外事警察』はチェックしている。話題の『不毛地帯』は、二、三回目くらいでリタイヤしてしまった。

私はもう『不毛地帯』を全然観ていないが、夫はなんとなく観ているよう。私が観なくなった理由は、暗いから。狙った「暗さ」でなくて、結果として「暗くなっちゃった」暗さなので、ストーリーよりも暗さばっかり目について観なくなってしまった。主人公の壱岐の表情のなさも役柄とはいえ、ちょっとつまらない。
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暗いけど意外と観ているのは、『外事警察』。これは、狙った「重苦しさ」がストーリーの柱になっていて、「暗いやろ!怖いやろ!重いやろ!見たいやろ!」と畳み掛けてくる。半端な暗さではないのだ。暗さというより、闇。画面も音楽も、視聴者を不安に陥れるように暗くて、ハードだけどスタイリッシュ。出ている俳優さんも上手だし、リアルだし、でもメジャーすぎなくて、いい感じだと思う。このドラマで初めて知った片岡礼子さんという俳優さん、綺麗で、存在感があって、上手いし、友達になりたい感じ。

『相棒』は、二時間ドラマのときから見ている。『刑事コロンボ』『シャーロックホームズ』の流れにある大好き推理ドラマ。この三作品に共通しているのは、トリック崩しがメインでなく、罪を犯してしまった人間の内側に迫っているところ。でも、この辺を語りだすと長くなってしまう。

『JIN』の8話、またテレビの前で一緒にもらい泣き。日曜の夜に『JIN』を見て泣くのは、もう儀式である。本日のキーワードは「人の器」だった。「あなたの器を見せてもらいましょう」、仁が出資を濱口に求めた際の濱口の答だ。8話では、登場人物がそれぞれの器を見せる話だった。恭太郎はプライドを捨て、仁たちが命をかけて作った薬を守る。そして、自分はずっと龍馬に劣等感を感じていて、自身の器の小ささを情けなく感じていたことを打ち明ける。そんな彼に対して、恭太郎がいなかったら、私はここで生きていくことができなかったと仁が優しく語ると、恭太郎の目から涙なのだが、恭太郎が泣く前からすでに涙ぼろぼろの私。どんなときでも最善をつくすことが、その人の「器」を作るのかもしれない。「器」は大きい、小さいで語るのではなく、形が大切なのだ。濱口は、仁の器の形が見たかったのだ、きっと。
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(昨晩の男子厨房by夫:ビーフシチュー。シチューにはすね肉がいい、とのこと。ごちそうさま。)
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# by himarayasugi2 | 2009-11-30 09:14 | エンターテインメント | Comments(2)

隣家の柴犬が毎日うちにやってきます(60代主婦)

ケンのおやつは、普段の日は朝散歩のあとに豆乳を薄めたものと、夜散歩の後にボーロ4粒しかあげない。なので、実家に行っておやつをもらうことは、ケンの一日の中では最重要任務である。

実家には、ケンのおやつは一日一回だけにしてね、と言っているのだが、ケンは何度でも欲しいし、行けばもらえると思っているよう。庭に出たらまずは実家のリビング前の庭へ直行し、じっと室内を見ながらお座り。おやつをもらえるまで座り続けるケンの視線が実家の両親にとっては、最近ちょっとうっとおしくなってきたようである。そういう両親の複雑な心情など、ケンは露ほども知らない。
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(室内を見つめ、そしておやつをもらう)

ケンは、我家の玄関脇の細い隙間をすり抜けていつも実家に行く。ある日の夕方の散歩を終えて帰ってくると、いつものようにケンはリードを外せと訴える。おやつをねだりに実家へ行こうと考えているのだ。まー、実家に行ってもおやつはもらえないから、いいかと、リードを外すといつもの隙間の方へ行くが、すぐ戻ってきて私の方を何度も訴えるように見る。不機嫌な顔。ケンの不機嫌の理由はすぐわかった。母が大きな植木鉢をバリケードとして隙間に置いたのだ。ケンの実家の庭への侵入を阻止するつもりである。

急にケンが不憫になってとりあえずケンを庭に残し、実家へ電話をする(といっても徒歩3秒のところ)。
「ちょっとー、ケンちゃんが悲しそうな顔して植木鉢見てるねんけど。そっちの庭に行くぐらいいいやん」
「なにいってんの、何度も何度もおやつを催促されるこっちの身になってよね」
母は、ちょっと逆切れ気味。そうすると、母が電話口で「あ」と小さく叫ぶ。
「ケンちゃん、どうやって来たんやろ。もうこっちに来て座ってるわ」
ケンの晩御飯を用意して実家の庭にむかって名前を呼ぶと、ケンはその植木鉢をぴょーんと飛び越えて走って戻ってきた。ケンは意外と身体能力が高かった。それもまた嬉しい。

翌朝、植木鉢は撤去されていた。そうやね、どうせ飛び越えるし。
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「ちょっと自己中でKYなんちゃう?」
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# by himarayasugi2 | 2009-11-29 09:17 | | Comments(0)