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ヒマラヤスギ雑記

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「食べ歩きブログ」を書く人

外食の際に、お店を探すとき関西だったら、『SAVVY』とか『Meets Regional』といった情報誌と個人のブログを参考にすることが多い。ブログのクチコミは、侮れないと思う。けれども、食べに行ったお店のことをブログに書くのは難しい。とても美味しかったお店や、腹立つくらい不味いとか、総合的にありえない店などは、書き易いが、意外と可もなく不可もないお店ほど、書きようがなかったりする。ひとつの情報として「要注意」「自腹微妙」「行ってもいい」くらいは、フラッグを出してくれていると、助かる。

時々検索して店の評判を確認するのだが、何回か検索しているうちに、やたら私の近所の店ばかり食べ歩いては感想を書いているブログを発見した。食べに行くお店は、B級グルメ中心で、その他はカフェとお持ち帰りスイーツについて書いている。お酒もスイーツもどちらも好きな、50代男性?行動半径が私のそれとほぼ重なっていて、一、二ヶ月単位で見ると、同じ店で買い物したり、飲食しているのだ。その人は、不味くても決して「不味い」などと身も蓋もないような書き方はせず、読み手に対してなんとなく「要注意」の合図を出しながらも、愛のあるダメだしをするので、好感を持っていた。もちろん、褒めるべきときは、きちんと褒めるのだ。

ある休日、夫と買い物をして帰宅する途中、コーヒー一杯だけ飲むことになった。途中の半地下のカフェに入り、窓際の席に座ってコーヒーを飲んでいたら、金茶色の髪に、ドラゴンかなにかの刺繍が背中にはいった、サテンのてらてらのど派手な「スカジャン」を着た男性が入ってきて、私たちの隣の席に座った。ぎりぎりランチの時間だったので、その男性はランチを頼む。で、トレーにのってランチが運ばれてくると、すかさず撮影。寒い日なのに、飲み物はアイスコーヒーを頼み、それも撮影していた。彼は結構饒舌で、店の運営などについて、店員と話をしていた。

後日、いつもの習慣で例のブログをチェックしたら、私たちと同日に、ブログの主が同じ店でランチを食べていることが判明。読みすすめると、なんとアイスコーヒーも同じ。ブログの主は「スカジャン」の男性ではないのか思い始めたところ、次の写真で決定的になる。入店前に店の外を撮影しているのだが、窓際に私の派手めの色のカバンと、スーパーの袋が映っていて、私らしき影も!? 私たちの隣の席にはまだ誰も座っていないことも判明。ブログの主は、あの人か!と、PCの前で大ウケだった。あの派手ないでたちは、なかなかいない。以後も、一日違いとかで、同じドーナツを買ったり、同じケーキ屋に行ったりと男性と食生活の一部がシンクロしていて、ますます親近感を持った。が、ブログはもう5ヶ月以上更新されていない。どうされているのだろう。また新しいお店も出来ているし、ぜひ書いて欲しいと思っている。あれ以来、彼はお見かけしていない。
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# by himarayasugi2 | 2010-02-10 08:45 | 雑感 | Comments(0)

短いけれど濃密な時間

日曜日、ケン(柴犬)と芦屋浜までドライブした後、一緒にカフェへ行く。そのカフェは、店舗の扉も壁もガラス張りのお洒落なお店で、入店するとき、扉のガラス越しに中のお客さんが見えるのだ。窓際の若い女性の隣に大きな置物が見えた、と思ったとき、その置物がゆっくりと静かにこちらを向いた。

それは、大きな犬だった。ドッグカフェなので、犬がいて当たり前なのだが、こんな大きな犬を見るのは初めてで、まじまじと見つめてしまう。飼主である若い女性は、壁付けのソファに座っていて、犬はその隣で長い足を折りたたんで、そこに居るのが当然といった感じで優雅にくつろいでいた。人間以上の存在感。「大きな犬ですね。なんという種類ですか」と尋ねると、グレートデンだと教えてくれた。ああ、これがそうか。写真などで見たことはあっても、実物を間近でみるのは初めてだった。濃いベージュの毛色で、耳の先は焦げ茶色。目は大きくて、馬の目のように優しくて賢そうな目だった。穏やかな表情で、飼主の女性と一緒に「お茶しにきているの」といった顔をしていて、その時間を楽しんでいるのがよくわかる。大きくてしなやかな体は、飼主への愛でいっぱいだった。

柴犬とか日本犬の雑種が好きな私だが、グレートデンの優雅さと優しさにはすっかり虜となった。若い女性は、ベージュのセーターに白いシャツ、黒いパンツで、黒縁のめがねをかけて、なにやら本を読んでいた。グレートデンは若い女性のことが、大好きで、世界は彼女だけで占められている様子だった。この女性とグレートデンの組み合わせは、これ以上ないくらい絵になっていた。

帰りに、飼主の女性に触ってもいいですかと尋ねたら、「どうぞ。くちゃくちゃってなでても全然平気だから」とのこと。撫でている間、グレートデンは上目遣いにじっと私を見ていて、「もう、いい?」って言っているようだった。

帰宅後、グレートデンのことを調べた。カフェで会ったグレートデンは体重が45キロだそうだが、大きいものになると100キロ近くなるらしい。足が長く、体高は、76-100センチとなる。本当に大きい。グレートデンはその大きさ故か、比較的短命の犬種らしい。10年前後だそう。グレートデンと飼主の時間が、濃密なものになるのは、その短い寿命もあるのかもしれないと、カフェで会ったグレートデンの、愛情に満ちた優しい瞳が、ずっと飼主だけを見つめている様子を思い出した。

ケンは、あとどれくらい一緒にいてくれるのだろう。もっともっと楽しい時間を作ってあげよう、足元で寝ているケンを見ながらそう思う。
c0221299_8481598.jpg(お出かけに大喜びのケン)
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# by himarayasugi2 | 2010-02-09 08:53 | | Comments(4)

超一流のアスリートの精神力

NHKスペシャルが企画した、冬季五輪選手たちの肉体の秘密を、特撮を駆使して迫る番組第一回を視聴した。番組は、アルペン滑降(ダウンヒル)の金メダル候補である、ノルウェーのアクセル・スビンダル選手に密着する。ダウンヒルという種目は、最高速度160キロで急斜面を滑降しタイムを競うもので、2キロほどのコースには、ターン、ジャンプ、急斜面で高速スパートという難所がちりばめられており、一瞬の判断ミスが死を招く危険性もある競技だということを、初めて知った。160キロのスピードは、体感速度は、それを上回ると思うが、想像もつかない。160キロで滑降するシミュレーション映像を観たが、ビデオの早送りのようだ。スビンダル選手は滑降中、1分間に1回しか瞬きをしない。これは、極限の状態に置かれている人間が、最大限集中している状態らしい。

番組の検証でわかったことは、スビンダル選手は無駄のない姿勢で、抵抗を極限まで抑え、スピードを最大限にだしていることだった。彼は5秒間で50キロ加速できるのだ。スピードが怖くないのだろうか。技術的な面だけでは説明しきれないスビンダル選手の滑りの秘密は、彼の心にあった。オリンピックレベルの選手の場合、この種目ではスピードの恐怖とどこまで闘えるかが、勝敗に、そして生死にも関係するのだ。

スビンダル選手は、2007年にアメリカの大会で、ジャンプでバランスを崩して転倒、顔面骨折およびスキー板が体に刺さる大怪我をした。大会で怪我をした一流の選手が、体が戻っても、表彰台になかなか復帰できないのは、スピードを出すことが怖くなってしまうからだ。そんな中、1年後、スビンダル選手は見事同じコースの大会で、以前よりも早いタイムで優勝した。敢えて怪我をしたコースで復帰することを最初から決めていた。事故の恐怖を完全に克服したのか?脳の映像を見ると、スビンダル選手の脳は大怪我の恐怖を決して忘れてはおらず、彼は死と直面した記憶を抱えたまま滑っていることがわかった。強靭な精神力で恐怖を抑え込んでいるのだ。

スビンダル選手は、恐怖を味わってからが競技者として成長できたと言う。恐怖の正体を知ることで、心身の限界を見て、「その限界を超えるために、安全装置をはずす」ことも覚えた。ダウンヒルは成功か、地獄しかない競技。中途半端はない。スピードの恐怖に打ち勝った報酬は、達成感。そのためには、狂気にも似た強い競争心を持ち、限界までスピードを出し急斜面を滑降するのだ。このレベルの選手は、自分自身に勝つことが、最終的にダウンヒルの王者になることを意味する。死の恐怖の姿を見たからこそ、ぎりぎりまで攻め込めるのだろうか。スビンダル選手は「安全装置をはずすんだ」と言って、ちょっと笑ったのだが、なんとも迫力のある笑顔だった。

ダウンヒル種目は、強靭な肉体だけでなくスピードを恐れぬ精神力も要求される。F1にも似ている。スビンダル選手は、努力で心身をスピードに負けないように鍛え上げた。常に己の限界を上げていってそれを超えるべく努力できるということも、才能なのだ。時速160キロで、雪原を滑降するのは、どんな感じだろう。最高の努力をした者だけが、体験できる世界。それにしても、こんな過酷な競技だったとは。とても興味深い番組だった。
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# by himarayasugi2 | 2010-02-08 08:41 | スポーツなど | Comments(2)

不審者

我が家とお隣の間にある、老朽化したブロック塀を取り壊し、新しく塀を設置する工事が昨日まで行われていた。連日工事の人が我が家の庭と隣家の庭を行き来しながら作業していたので、ケンを庭に放せなかった。早朝の散歩から戻ると、ケンは敷地内を移動して隣の実家に顔を出し、おやつをもらうのが朝の日課だ。実家に行くので自由にして欲しいと、ケンが目で訴えたけど、リードをつけたまま実家の方へ一緒に移動した。

庭から実家のリビングへ回ると、まだ雨戸が閉まったまま。両親は、寝ているようだ。いつもなら、ケンが独りでお座りして、雨戸が開くのを待つのだが、私がリードを持って一緒に雨戸の前で待つ。暫く待っていると、なにやら背中に鋭い視線を感じる。振り向くと、お向かいの奥さんが、お勝手から私を怪訝な顔で睨んでいる。雨戸の前で黒いダウンにニット帽の人物が中をうかがっている様子は、さぞ怪しかろう。慌てて「おはようございます」と声をだして私だとわかってもらう。「あら、あなただったの、何してるの」「いや、塀の工事をしていて、で、ケンを庭に放せなくて、だからこうしてリードを持ってケンと一緒にいるんです」としどろもどろで弁明をして、やっと不審者の疑いを晴らした。

15年ほど前に、東京から2時間離れた北関東の小さな町で暮らしていたとき、仕事帰りに、バスがなくなると駅からタクシーに乗るのだが、二人のタクシー運転手から「あんた、X病院に今度きた女医さんでしょ」と言われたことがある。二人目に同じ質問をされたとき、なぜそう思うのかと尋ねたら「スーツ着て共通語を話すから」とのこと。同時期、週に1度、仕事帰りに都内のイタリア語教室に通っていて、授業終了と同時に大急ぎで教室を飛び出していたら(家まで2時間かかるので)、クラスメートが皆、私がイタリア語の後ホステスをしていると思っていた。女医にホステス、なかなかよいではないか。内心喜んでいた。

あれから、15年。女医やら、ホステスと間違えられていた私は、今や不審者である。えらい落ちぶれようである。正確に言うと、不審なおばさん、あるいは、おばさんの不審者か。ただの不審者よりは、こっちのほうが良い人っぽい。

c0221299_1013882.jpg(写真上:実家の庭の水仙が、だいぶ咲き出した。 写真下:雪柳の枝についているカマキリの卵。春になったら孵化する?)c0221299_1031549.jpg
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# by himarayasugi2 | 2010-02-07 10:08 | 雑感 | Comments(0)

関西人のノリ

今朝、実家の縁側で、母と昨夜の『探偵ナイトスクープ』コネタ集の話で盛り上がる。「スナックには必ず山ちゃんがいるのか」という疑問を解明する探偵。長原探偵は、片っ端からスナックのドアを開けてはいきなり「山ちゃんおる?」と尋ねるのだが、お店の人は長原が突然テレビカメラと現れても、驚く様子もなくて、「山ちゃん、今日はこーへんわ」とか「山ちゃん、もうすぐ来るんちゃう」とか「山ちゃん、亡くなって、三回忌」とか「山ちゃんやったらここにおる」などなど、スナックには必ず山ちゃんという客が存在することが、判明した。それも驚きなんだけど、店の人が、長原の問いかけにごく普通に受け答えできてしまうことのほうが、驚き。とことん、番組のノリにつきあいます!みたいな感じで、同胞意識を感じるのだ。

突然探偵が店を訪ねてきて「すいませーん、探偵ナイトスクープなんですけどね、山ちゃんおる?」と問いかけて、それに対して一般の人が答えるとシンプルな構成だけで、番組を成り立たせるのは、「関西人のノリ」を抜きには不可能だとしみじみ感じる。「山ちゃんおる?」という問いかけに対して、「山ちゃんて、どの山ちゃんですか」とか「これ、テレビですか」などという野暮な返事は皆無で、もうノリノリで「山ちゃんねー、そろそろ来るんちゃう」など、どの店でも適当に返事しちゃうところが、ええわーと思う。母もおおいに同意だったみたいで、先日彼女が観た「波田陽区の芸に大阪の小学生がダメだしをする」という番組についても熱く語ってくれた。とにかく大阪の小学生は、笑いに厳しいらしい。波田の芸について「もっとしゃべらなあかんで」と注意し、「しゃべってみよ、しゃべれるから」と哀れみ、とにかく波田はボロカスに言われたそう。「でも、大阪の小学生の言うとおりなんよね」と、笑いのご意見番と化した母。

関西では、一般の人が普通に面白かったりする。先日もスーパーのレジで「1,012円です」と言われて財布をみたら11,011円だったことがあって、一万円札をだしたらおばちゃんに、「12円はないん?2000円でもいいけど。50円はないん?」と詰問されてしまう。「すいません、11,011円しかないんです」といったら、「あと1円かー。あたしの店やったら、奥さんやったら負けてあげるねんけど、あたしの店とちゃうから、ごめんな」と笑われた。で、一緒に笑う私。毎日、知らない人に笑わせてもらったり、笑わせたりで、こういうのは、やっぱり楽しい。
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# by himarayasugi2 | 2010-02-06 12:26 | エンターテインメント | Comments(4)