*長くなってしまいました。お時間のあるときにでも…
またまた更新が空いたのだが、今回は明確な理由がある。次から次へといろいろ起こるのだ。
まずは、なぎが盛大におなかを壊した。なぎは、4年前に我が家にやってきたときからお腹は弱かった。年に2回は必ず壊す。最初のころは、飼い主たちはあたふたしていたが、獣医さんに下痢のときの対応(ノウハウ)を叩きこまれ、「なぎちゃんウンチノート」なども書くようになり、獣医さんに頼らずとも家でフードや整腸剤をやりくりして、乗り切れるようになっていた、が、
10月のある日、なぎは15分ほどの間に、家の中で盛大に下痢を2回、嘔吐を2回やったのだ。最初の下痢の掃除で必死だった私は、それも片付かぬままに第二弾の下痢をされ、寝室で嘔吐を2回されたところで「これは、いつもの下痢ではない」と思い、やっとのことで片づけてから、獣医さんに電話をして、その日の夜の診察に連れていくことになった。その間もなぎは、さらに2回嘔吐した。嘔吐を伴う下痢は怖い、ケンが亡くなる1週間前に何を食べても嘔吐していたことを思い出し、不安でしょうがなかった。
動物病院では検査をあれこれし、「膵炎寸前かも」と言われる。薬を飲ませ、家では絶食&安静にと言われる。あんなに食いしん坊だったなぎなのに、その日は全く何も口にせず、こんこんと眠り続けていた。
翌日から、少しずつ元気になってきて、食欲も出てくる。ほっとする。いつもの「下痢しているなぎちゃん」になる。とにかくトイレに行きたそうにしてないか常に気を配り、神経をすり減らす日々。

(陽だまりを探しては移動して寝転がるなぎ。元気になりました。)
3日後になぎの下痢も落ち着きほっとする。しかし、これで終わりではなかった。
翌朝、隣の実家の母が珍しく我が家にやってくる。ドアを開けてびっくり、母の顔の右半分が腫れあがっているのだ。「どうしたのそれ」「今朝、こうなってたの。昨日の夜から熱が8度以上もあって歯が痛いのよ、痛くて口が開かない」「X先生(かかりつけの歯医者)のところにすぐに電話して行って」「それが、X先生のところは今日は休診日なのよ、明日まで様子見ようかしら」「それ、急になったんでしょ?」「うん、でも5月ごろから歯は痛いから、X先生に定期健診のときに言ったけど、知覚過敏だからシュミテクトで磨けばそのうち治りますって、レントゲンも撮らなかった」と母が言うではないか。
なんかいやーな感じがして、「今日、診察してくれる歯医者を探すから、そこに行って」と母に言い、ネットで探す。幸い近くに評判のよい歯医者がその日は診察日だったので、母にそこへ緊急ということで行ってもらう。「1人で行ける?」「うん」と母は徒歩でその歯科(Z歯科とする)へ行った。
数時間後、知らない番号から携帯に着信がある。出てみると、Z歯科のZ先生からだった。
Z先生の話を要約すると;母の右の奥歯の歯の神経が死んでいて(壊死という意味か?)、そこから炎症が広がっていて、副鼻腔や眼の裏まで広がっている。このままだと蜂窩織炎になる。これは進行が早く、翌日まで様子を見ていたら高齢でもあるから、亡くなっていてもおかしくない。なので、紹介状を書くので、このまま口腔外科のある総合病院へ行ってもらう、歯の治療の前にまずはこの炎症を抑えないといけないので、高齢であることを考えるとまず入院になるだろう、
……ということだった。なんという!なぎが落ち着いたと思ったら今度は母かい!
母は、Z歯科の前からタクシーに乗って総合病院であるY病院の口腔外科へ移動。そのまま入院となった。私は携帯の充電器やら、着替えやらティッシュやら老眼鏡やら本やら(買ったばかりの『論語』の文庫本があったので持っていったら、「こんなしんどいときに、こんな小難しい本読めるわけないでしょう!」とクレームを受けたが)、思いつく限りのものをバッグに詰めて持っていく。面会時間を過ぎていたためにその日は母に会えなかったが、看護師にバッグを預けた。
Y病院に到着したときの母の様子はかなりヘロヘロに見えたようで、すぐさま病院スタッフが車椅子を用意したほどだったらしい。母は、年齢のわりに健脚な方で歩くのは達者なのに、その母がすぐさま車椅子に乗せられるというなんて、よほどヘロヘロだったのだと思う。Y病院の先生からも携帯で連絡があり、炎症の数値が「即入院!」レベルであるなど、今後の治療のことなど説明してもらう。とにかく、点滴で炎症を下げる、これが入院中に母が受けた治療の全てである。

(病室からの眺め。日当たりがよく、清潔で居心地のよい病室だった。)
結論から言うと、入院した日をDay0として、Day9に母は退院となった。Day1はとにかく熱もあってしんどくてたまらない状態だったが、翌日から少しずつ回復し、病院のご飯も完食し、見舞に来たT叔母さんともおしゃべりを楽しんでいるようだった。Day5では母はしゃべりまくり、人の悪口まで言えるほどの回復を見せ、差し入れのおやつも全部食べていたので、一安心する。「あんた、もう退院まで来なくていいから、私ここでラインで電話したりテレビ見て寝てるだけだから(山本由伸の活躍を見ていたらしい)」と言われる。Day9の朝にさっさと退院して帰宅(それが今日)。
ほんと、気の休まるときがなかったよー。無事退院できてよかった。
だが、今後考えないといけない課題もあった。
母は5月にいつも定期健診してもらっている歯科医師に歯痛を訴えていたのに、レントゲンもとらずに知覚過敏と診断されていた。シュミテクトで磨けばそのうち治ると言われる。母は生まれてから一度も虫歯になったことがなく、歯を削ったことがない。歯並びもキレイなので、その辺でもかかりつけX歯科はたいしたことないだろうと判断したかもしれない。が、炎症はこのころから母の健康なはずの歯の内側で始まっていたことになる。そしてそのまま八ヶ岳にシュミテクトだけ持って行ってしまう。八ヶ岳でも歯の痛みはあったが、知覚過敏だろうと思っていたらしい。で、10月20日に神戸に戻って、1週間ちょっとで、歯が原因で入院になったのだ。
母の歯の炎症をじっくり検査してくれたZ先生には、「蜂窩織炎は怖い、顔の周辺は特に怖く、高齢者の場合はあっという間に進行してしまう、80歳すぎたら体の不調は、いかなるときも様子見してはいけない、絶対に」と言われる。ほんと、それよ。
仮に5月にX歯科が母の歯痛の訴えをうけてレントゲンを撮っていたら、ここまでひどくなる前に対応できたのかと考えてしまうのだが、5月の時点でレントゲンにそこまでの炎症が映るのかどうかはわからない。ただ言えることは、X先生の態度には慎重さが欠けていたということだ。また、歯の内側の炎症なんて肉眼で見えるわけもない。定期健診を利用して、少しでも違和感があったら、ちゃんと診てもらえるように患者側からもアピールしていかないといけないと思った。また、そういう患者の声をちゃんと拾ってくれる歯科医師を見つけないと。最近、夫も私もZ歯科に変えようかと考え始めている。電話の説明もわかりやすく、感じがよかったから。母も「Z先生、ハンサムだったし、みんな感じがいいからここでもいいわ」と言っていた。
そんなこんなで、やっと落ち着いた(と願いたい)。退院後の歯の治療(神経が死んでる歯で今回の原因となった歯)は、Z先生が引き継ぎしてくれることになった。副鼻腔まで炎症は広がっていたので、総合病院の耳鼻科で月1くらいで診てもらうことにもなった。
今年は、夏のお盆のときに夫がY総合病院に入院(5泊6日、点滴治療)し、なぎは膵炎寸前になり、秋には母がY総合病院に9泊10日の入院(こちらも点滴)となった。あと残るは私なのだが、どうか入院しないで無事に今年を終えられますように。切に神様にお願いしている。
こんなドタバタの間にも、健康診断、胃の内視鏡検査、大人の遠足でおおはしゃぎ、などなどなかなかに忙しかった。2時間くらいアロママッサージとか受けたい気分。疲れました。

(大人の遠足。JとMとでオニバでランチにビフカツ食べて、須磨浦山上公園で遊ぶ。ロープ―ウェイからの眺め。回転するカフェで3時間以上もしゃべりたおす。楽しかった。)

(フレサントゥールの秋のクッキー缶をゲット!美味しかったけど、私はフレサントゥールだったらフロランタンが一番好きかな、やっぱり)
夫からライン。母の退院祝いにデパ地下でモンブラン買ったって。わーい。
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