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ヒマラヤスギ雑記

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むーむーさんのケン

むーむーさんのケン
やっとケンの動画を見れるようになった。新しいものから古いものへと順番に再生していくことにした。最初は亡くなる前日、2021年3月5日の早朝のもの。ケンは一生懸命自分の足でゆっくりと庭を歩いている。それを静かに撮影する夫。歩けない状態だったと思うのに、まるでこれが最後とわかっているかのように匂いや地面を味わいながら歩いているように見えた。ケンちゃん、もういいよ、頑張ったね、と動画のケンに声をかけていた。

2021年2月18日、体調を崩す10日前にケンと私がリビングで「むーむーさん」遊びをしている動画を夫が残してくれていた。ケンは頭からかがんだ私の膝に突進してきて、体を擦り付けてくる。私が「むーむーさん♪」と歌いながらケンの肩甲骨のあたりやしっぽの付け根、頬っぺたをさすっている。しばらくするとケンは「もう、むーむーさん終わりだよ」と静かに私から離れてゆく。私は立ち上がってケンの頭のモフモフを指でそっと押すと、ケンが笑いながら私の手を噛む振りをしてステップを踏む。それから、突然立っている私のふくらはぎに頭を擦り付けてきて「もういっかい、むーむーさんやろう」と。私はすぐかがんで、ケンをしつこくしつこく撫でまわしていた。

ケンと私の「むーむーさん」動画が残っていたことを知らなかったから、とっても嬉しい。よかった、映像があって。この動画まで再生して、残りはまた少しずつ見ていこう。ケンは本当にかわいい。泣き笑いで動画を見ていた。でもメソメソはしない。
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爪を切ってもらうケン。笑ってる?

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去年の10月の八ヶ岳。大好きなカフェで。老犬って風情だけど、この笑顔と踏ん張りの弱くなった後ろ足の八の字が愛おしくて、大好きな写真なのだ。老犬は尊い。この写真は骨壺の写真をいれる小さな透明ポケットに入れている。


先の予定:
新規感染者数は減少中で、兵庫県では今月末で緊急事態宣言は解除される。でもきっと第六波が来るんだろうなとうすうす感じている。だからか、先の予定を立てられない。せいぜい2週間後くらいまでしか。来年の春とか、どうなっているのか全くわからない。














# by himarayasugi2 | 2021-09-25 20:40 | | Comments(4)

意外な場所で人生の話となる

もうすぐ10月なのに暑い。日中、エアコン稼働再開する。1階の寝室は窓を開けたまま寝られないので閉めるが、そうすると寝苦しい。結果、もうすぐ10月なのに夜エアコンを稼働させる(暑くて二晩続けて夜中に目が覚めたのだ)。夏がどんどん長くなっていく。兵庫県南部はGWが終わるとすでに夏の気配が漂い、それが10月になっても居座っていることが増えた。そのうち一年の半分が夏になるのでは。そうなったら活動量が落ちそう。

左足小指骨折、三回目の受診終了。次は二週間後でいいらしい。毎回レントゲンを撮るのだが、最新の画像で今回はじめて私の左足小指の付け根にすぱっと一文字にヒビが入っているのを肉眼で確認できた。骨折箇所に変化がない(=ずれていない)ので、このまま固まっていくだろうというのが医師の見立て。普段足の痛みを感じることはない。ただ、体重を左足小指側にかけないように意識して動いているときはいいのだが、うっかり体重がかかるとやはり痛む。徒歩での外出距離は少しずつ伸ばせばいいが、足が痛くなったり、しんどくなったらすぐバスなりタクシーなりで帰宅できる状況下かどうか常に念頭に置くように言われる。そのさじ加減が難しいのだ。

そう医師に伝えると、「確かにそうです、ただね、怖がってばかりだといつまでたっても動けないですよ」と言う。なんだか一気に、話が左足小指の骨折から「人生」の話になった。というよりも、私にはそう聞こえてしまった。医師は続ける「動かないと、人間どんどん筋肉が落ちていって動きたくても動けなくなりますからね、無理しない範囲でヒマラヤスギさんはリハビリを意識して外出再開しましょう」と。医師によると足の小指骨折後二週間でテーピングも何もかも取っ払って前と同じように動こうとする人(少数派らしいが)もおれば、いつまでたっても折った足を地面につけるのを怖がって松葉杖をつく人もいるらしい(そこまで痛いからではなく、心理的なものもあるみたい)。私の場合はごく一般的な治癒経過をたどっているとのこと。

骨折の話かと思ったら人生の話になってしまった受診だった。私の左足小指のテーピングを見て、「ちゃんとできてる、いいですね」とほめてくれた。

整形外科からゆっくりと歩いて帰宅する。途中、ご近所さんと立ち話となる。そこで長時間話し込んで、リフレッシュできた。家族以外の人と対面で話をするってものすごく人間の精神に影響すると実感した。

住宅街ゆえに人流はほとんどないけど、それでもすれ違う人がノーマスクだとちょっと体がこわばる。鼻出しマスクでもいいから、マスクは顔のどこかにかけててと思うなんて、今までなかったことだ。


更新スピードはゆっくりめ。









# by himarayasugi2 | 2021-09-24 14:47 | コロナ2021 | Comments(2)

神戸移住、最近の街

更新が空いてしまった。

左足小指の骨折の経過は順調である。週末に小指を骨折してからはじめて整形外科以外への外出をした。NとNのご主人に会う用事。楽しかった。

ブログのPVの桁がひとつ多くなっていて、びっくり。大昔に私がアップしていた料理家の高山なおみさんが神戸に引っ越してこられた、という記事にアクセスが集中していたのだった。日曜日の朝のNHKの番組で高山なおみさんの神戸のくらしの様子が放映されたからネットで検索した人が多かったのだろうか。実家の母も「神戸の六甲に住んでる料理研究家の人がNHKに出るって」と前から知っていた。

神戸市民はみな、東京の文化人が神戸に移住してきてくれるとめちゃくちゃ喜ぶ。松本隆が神戸に移住してきたことは、なぜかあっという間に実家の母レベルでもシェアされているし、名前は忘れたけれどどこかの大学教授も東京から来てくれた。あと、写真家の大竹英洋さんも大人気である。彼を目撃した母の親友(大竹さんは近所に住んでいるらしい)は大竹さんに話しかけようか、どうしようか、でもプライベートだし、と迷っていたら大竹さんの携帯が鳴って話をはじめたのであきらめた、ということもあったとか(ちなみにかけてきた相手は英語を話す人だったようで、大竹さんは英語を話し始めたそう、細かいところまで観察しているのだ)。内田樹先生のご自宅だってみーんな知ってる。誰に対してもだけど、押しかけていったりしないし、遠くから見守っているって感じ。


そういうわけで、高山なおみさんに対してもみなの関心度は高く、番組を視聴した母は「ねぇ、あのマンションってどの辺だと思う?○○らへんやろか、でもあの川がどこかよくわからないのよね」などと考え込んでいた。高山なおみさんが現在お住いのマンションは確かに眺望は最高なのだけど、神戸市民は知っている、ものすごい坂道を経由しないと帰れないマンションだということも(イノシシとの遭遇率だって高い場所である)。眺望は常に坂道とセットなのが神戸なのだ。我が家も坂道は大変である。タクシー乗ったら坂を上るときに空が見えるような感じ(ジェットコースター的な、←大げさ)。

『神戸っ子』という雑誌がある。松本隆さんも大竹さんもすでに登場済だったと思う(松本隆さん登場の号は持っている)。高山さんもそのうちこの雑誌に載るのかな、もう載ったのかな。この雑誌に出るとなんとなく神戸公認、って感じになる(あくまで個人の感想です、)。この雑誌には意外と身内や知人が出ていて、私の妹も大昔の大昔の大昔に「神戸のお嬢さん紹介」的なコーナーに出たことがある(私はない←悔しい)。あと、私の母方の祖母もちょろっと大昔の大昔に出たことがある(お嬢さん紹介コーナーではない、)。


街並み:
Nと話をしていたのだけど、調剤薬局とか病院とかの撤退がコロナになってから目立つ。あと、新規オープンで目立つのは、テイクアウト専門の唐揚げ屋。知っているだけで徒歩圏に唐揚げ屋ばかり2-3軒がほぼ同時にオープンしている。それに対して、飲食店はみんな限界にきているらしい。大好きだったお店が閉店したら嫌だ。飲食店にとってお酒はものすごく利益率が高いので、それを取り上げられると本当に苦しくなるらしい。

その他:
Nによると、マスク生活はしばらく続くと。ある程度予想はしていたけど。











# by himarayasugi2 | 2021-09-20 21:58 | 雑感 | Comments(0)

想定内か、プロ

想定内か:

昨年、叔父を亡くした東京の叔母へ「お花代」という名目でお金を送られてきた84歳の男性についてここで記事を書いた。

簡単にまとめると、叔母がいただいたお花代についてすぐ電話でお礼を言い、後日お返しを送る旨を話すと、「家まで持ってこい!」とその男性が言うので叔母がその男性の好物のお菓子2箱とお米券数千円分をもって男性宅に行った。帰宅後男性から「お返しの金額が足りないのではないか」と電話があった。叔母が「四十九日を過ぎたらお菓子を送らせていただきます」と言うと一端はおとなしくなるも、その後男性からお米券が送り返されてきて「このお米券をデパートの金券に換えてお菓子と一緒に送り返してこい」と手紙が同封されていた。

これはひどいんでないかと叔母が母に相談する。母は、いただいたお花代に手紙をつけてそのまま送り返したらどうかと提案した。要するに「これにて絶交です」と相手に伝えるのだ。実際に叔母は母が言う通りの文面で手紙を書き、いただいたお花代をお返しした。

経緯の詳細はこれ。

その後。叔母の手紙が届く前に、男性から「お米券をデパートの金券に交換してもらう件だが、妻になんということをしたのだと大変叱られてしまった」と低姿勢な電話がきたらしい。一応は謝罪の電話のつもりのようだったが、叔母は「もうお付き合いはやめだ」と思っていたので、「お手紙を送りましたのでそちらをご覧くださいませ」と言って電話を切った。その後、叔母のご機嫌をとるように音楽会のチケットが送られてきたりもしたのだが、叔母は一切反応もしなかったらしい。

そして。ごく最近、叔母がひとづてに聞いた話。男性は体調を崩して入院したという。命に別状はなく無事退院できることになったのだが、足腰がかなり弱り、日常的に介護が必要となった。男性の妻が「家でこの人の面倒をこれ以上見るのは嫌だ、私は介護はしない」と退院後の受け入れ拒否を宣言したため、現在、退院後に男性が移る施設を探しているところだという。かなり前から夫婦仲は悪く、妻はもう限界だったらしい。

家族でもない趣味の仲間の一人である叔母にすら、あのような態度を取っていた男性は、身内の奥様にはどのように普段からふるまっていたのだろうか。母は「奥さん、もう嫌になるよね」と同情的だった。





プロ:

夫が通うヘアサロンは、理容院であり美容院でもあるので、男性客多めだけど女性客もいるというお店である。夫は長く同じ人Uさんに切ってもらっている。Uさんによると最近男性でも髪の色を抜いて明るくしたがるお客さんが増えたという。それは韓国のアイドルグループの影響らしく、ヘアスタイルがわかる写真をもってきて「こんな感じで」とオーダーするらしい。「僕もプロですから、できるだけ写真通りの髪になるようにするんです」とUさん。そのUさんでも困ったことがあった。あるとき五十代半ばの女性が「こういうショートカットにして」と写真をもってきたのだが、写真が広瀬すずだった。

「僕もプロですから頑張ったんですけど、広瀬すずにはならなくて……」とUさん。私はその女性客と同年代である。純粋に髪型イメージを伝える目的で広瀬すずの写真を選んだのだとは思うのだけど(多分……)、美容師さん的にはやや困ってしまうだろうなと。過去、私が実際にこんなショートがいいともっていったことがあるのは、映画『ゴースト』のデミ・ムーアの写真の切り抜き。一応、それって30歳のころだから許して。



# by himarayasugi2 | 2021-09-15 14:43 | 雑感 | Comments(2)

ケンからの手紙

インスタのアカウントを閲覧用に持っている。少数の動物写真家と美術館と語学関係と夫と妹のアカウントをフォローしている。偶然見つけた愛くるしい柴犬のアカウントがあって、柴犬系で現在唯一フォローしている。残念ながらその柴犬は、ケンが3月6日に亡くなった約4か月後、夏になる前にお空に行ってしまった。

ケンは体調を崩してから亡くなるまで一週間だったので、こちらの心の準備が間に合わないままだった。その子の場合は去年の年末くらいからゆっくり食欲が減退し、体調もゆっくりと悪くなっていった。愛犬が衰弱してゆく姿を見るのは飼い主にとってはとても辛い状況である。けれども、その子の飼い主さんは覚悟を持って、強く明るく愛情をこめて看病していた。その子が一番幸せに過ごせるように心を砕いていた。インスタで、その子がご飯を食べた、お散歩に行った、お友達と会った、とあれば、ああよかった、頑張れ頑張れ、と応援していた。亡くなったというインスタの記事を見たときは悲しくて、泣いてしまった。

今まで当たり前のように一緒にいた存在の不在には、なかなか慣れることができない。そしてふとしたことですぐ泣いてしまう。私は骨壺を抱きしめてべそべそ深夜に何度か泣いたことだってある。天気がいいだけで、桜がきれいなだけで、そこにケンがいないことが悲しかったりする。その子の飼い主さんも同じだった。ずっと泣いていたとインスタに書かれてあった。その人も私と同じように昔の愛犬の写真をアップして回想していた。この方法が悲しみを和らげる正しい方法かどうかはわからない、でもそうせずにはいられないのだ。

その子が亡くなってからもそのアカウントはフォローしている。8月になって飼い主さんがインスタで、亡くなった犬からのメッセージだと思ったと一冊の本を紹介されていた。その本に救われたと書いてあった。
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ヘンリー・スコット・ホランド『さよならのあとで』

ホランドの一編の詩を翻訳し、高橋和枝さんのイラストを添えたもの。42行の詩だけなので、本を開いてから最後のページまであっという間だけれども、死者と向き合って対話しているような感覚になるので、急いで読むことができない。むしろゆっくりゆっくりとページをめくる。ゆっくり言葉を味わう感覚。合間、合間に白紙のページもあり、懐かしくなるようなイラストもある。「死はなんでもないものです。私はただ となりの部屋にそっと移っただけ」で始まる。この本については、アマゾンでも思い入れたっぷりのコメントが並んでいるので、詳細は割愛する。ただ、読み手にとって最も失いたくなかった存在が語りかけてきてくれるような本であることは確かだ。ケンからの手紙だと思った。最後まで読んで、ケンが私にどうしてほしいのかわかったような気がした。深夜に骨壺を抱いてメソメソしてなんて欲しくなかったんだなと思う。詩の途中で「人生を楽しんで」「私は近くにいる」というフレーズがあって、それだけで私も救われた。

あとがきで、この詩は海外の故人を偲ぶ追悼式や葬式で朗読されることが多いらしい。私のお葬式にもこの詩を誰かに朗読してもらいたい。本は汚れないように袋にいれて、毎日読み返している。本を読んでいるときはケンが近くにいる気がする。















# by himarayasugi2 | 2021-09-13 13:12 | | Comments(0)