夫の異動で関西に6年前に戻ってきた。仕事をしていなかった期間、近所の絵画教室に昼間暫く通っていたことがあった。小さな教室で、生徒は多いときでも3人くらいでそれぞれの課題をデッサン、水彩、油彩などで2時間ほどで仕上げていく。ときどき昼間のクラスで一緒になる男性がいた。
その男性は年齢は50代、がっちりしていて、背広を着ていることが多く、ちょっと強面。黒いサングラスをかけて登場すること度々、一見するとアチラの人にも見えなくもなかった。教室の先生は若い女性で、他に生徒さんがいないときなどたまにこの男性と世間話をしたりするということだった。この男性は平日の昼間の時間に現れ、いつも「こけし」とか日本人形を黙って丁寧に、丁寧に描いていた。そういったかわいらしいものを描きたいというのは、彼の希望だったらしい。そして、先生に褒められると、すごく嬉しそうにしていた。2時間のレッスン時間をフルに絵を描いていることはなく、途中から現れたり、電話で呼び出されて慌しく出て行ったりすることが多かった。
私はいけないと思いつつも、あの男性は一体何者なんだろうと好奇心を抑えられなかった。で、夜の時間に振り替えてもらったとき、先生と二人だけだったので思い切って聞いたことがある。「Xさんって、いつもお昼間にしか来られないのですか」「うん、昼間の時間でないとだめみたい」「・・・先生、あの、あの人ってお仕事なにされてるんですか(ああ、聞いてしまった!)」すると先生は急に声をひそめて「私も気になっててね、きいてみたことがあるねん」と言うではないか。「で、何やってるんですか」「公務員みたいなものだって言ってたんよ」「はー、公務員ねぇ」昼間が暇な公務員って、なんだろうと考えていたら先生が、「なんかしらんけど、刑事かなんかみたいで、顔をあんまり知られたくないみたい」とまた刺激的なことを言う。電話で1度呼び出されたとき、険しい顔でマッハのスピードで出て行ったので、先生は「あれは、容疑者が見つかったんとちゃうかなと、今思えばね」と、憶測100%のことを言う。またあるときは、不法入国者を取り締まる人らしいと別の主婦が言っていた。とにかく、悪い人ではないことだけは、本人と話していてもわかるし、それは間違いないようだった。
結局、私はあのあと教室をやめたのだ。なので、彼が何者なのかしらないまま(でもブログに書いてしまった)。ただ、あの絵画教室は、駅からも離れていたし、小さな古いアパートの一室で、ほとんど宣伝もなく、人目につかない場所でひっそりやっていたのに、なぜ教室から遠く離れたところに住んでいる彼が「こけし」やら日本人形を描きにきていたのか、わからない。でもなんとなく、あの教室に癒しを求めに来ていたように思えるのだ。ただ単に絵が好きなだけかもしらんけど。