夫と私は3年付き合って結婚した。週末は関西のデートスポットなどに行って、最後は私が住んでいた(というか今も同じ場所)最寄の駅周辺の珈琲の美味しいお店でお茶して帰るというパターンが多かった。プロポーズされた場所は私のほうの地元にある、クラッシック喫茶だった。このクラッシック喫茶は、半地下にあって落ち着いた照明に、壁には雰囲気のある絵や、(たしか)能面がかけてあって、静かに音楽が流れている場所だった。レトロな雰囲気で、男性も居心地がよいようだった。クラッシック好きが集まって音楽を鑑賞する本格的な店だったのだが、なぜか彼が私にプロポーズをして、私がその場で返事をした後、すぐに潰れてしまった。すぐに、というのは結婚式の二次会で、プロポーズの場所はどこだったでしょう、といったクイズがあってそのときに、その場所が既に潰れていることを指摘され、「先行きが不安な結婚ですね」などとからかわれたことを覚えているからだ。
そんなこともあり、私はプロポーズされた日も覚えていない。そして、プロポーズされてからおよそ1年後くらい(曖昧!)に六甲山にあるホテル併設の、安藤忠雄設計の素敵な教会で結婚式を挙げたのだ。が、数年前にそのホテルも潰れてしまった。さすがにそのニュースを聞いたときは、ちょっと落ち込んでしまった。当然である。プロポーズの場所も結婚式をあげた場所もなくなってしまったから。六甲山は無事なのであの辺りでそういえば結婚したな、という方角はわかる。クラッシック喫茶のあった場所には、今はやっすいチェーンコーヒー店(か、コンビニ)が出来ていて、前を通るたびに、よりによってなんでこんな全国どこにでもある店に変わってしまったのだろうと少し悲しく感じている。
デートの最後によく立ち寄っていた珈琲店は、ありがたいことに健在である。値段は少し上がったけれども、内装もメニューも当時のままで、あの店だけが「(一応)思い出スポット」の最後の砦となっている。この店が潰れてしまうと、結婚に関する重要スポットが全滅になるので、あまり頻繁に行かないようにして、ちょっと距離をおいて生暖かく見守っている。どうか存続しますように。
記念日とか記念の場所を気にしているように見えるかもしれないが、実際はそういうのはもともと無頓着なほうである。結婚式の写真もいまだ輪ゴムでまとめてプラスチックケースにほりこんだままだし、結婚記念日しか日付は覚えていない。プロポーズの日、入籍の日、全く覚えていない。けれども、最近は「もしかしたら、無頓着でいるから結婚が続いているかもしれん」と真剣に思い始めていて、ちゃんとしたアルバムに式や披露宴の写真を貼ろう、貼ろうと思いながら20年近くたっている(あ、まだ20年ではない、ちなみに)。