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ヒマラヤスギ雑記

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職人技の体得

大昔、会議通訳の人から同時通訳と逐次通訳の違いについてお話を伺ったことがある。その人によると、それぞれ特有の難しさがあるのだが、同時通訳とは反射神経というか、語学の運動神経をフルに使っている感じということで、訓練が必要らしい。耳からはいってくる言語Aを言語Bとして口からだすその一瞬に、頭の中で処理を行うのだが、その処理を体得する瞬間は、その人によると理屈ではなくて、「コマなしの自転車に乗れるようになる瞬間に似ている」とのこと。要するに身体が覚えるということ。

美容院でカットしてもらっているときに、担当の人とお喋りをしていて、それと似た話になった。美容師さんによると、ハサミを使ったカットが最も難しく、カットを任されるようになるまで時間がかかるそう。カットはやり直しがきかないし、お客さんは1人1人髪質も頭の形も違うので、かなり経験も必要というのが理由。だからアシスタント時代はシャンプーをしながら頭の形を触って、どの辺りにどういったクセでどのくらい髪の毛があるか、どんなカーブが頭部のどの辺りにあるかなどを必死に観察するそう。そうやって触る前(=初見時)に予想していたお客さんの頭部情報と、実際の頭部状態との乖離を小さくしていくのだ。実際にカットを任されたら、そんなに頭をべたべた触ったりはしないし、出来ないから。

ある程度見ただけでわかるようになってきて、そろそろカット開始となる。担当の美容師さんによると、カットを任されるようになって暫くたったときに、突然お客さんの頭を見ただけで、髪の毛の展開図みたいなものが見えたらしい。頭の形や髪の量などがパーツ、パーツではっきりとするそう。その美容師さんはそのとき、「ああ、これか、先輩が言っていた“見ただけで展開図が見える”というのは」と感動したとか。私は「それって、コマなしの自転車に乗れるようになったときと似ています?」とすかさず質問したら、「あー、そうですね、そんな感じです、理屈でないんですよ」という返事。

カットにはもちろん「切る」技術の練習も不可欠なのだが、最初はハサミの素振りをするそう。ハサミを持っても親指以外は動かしてはいけない。他の指は絶対に動かさないのだ。そういうハサミの動かし方をマスターするまで、空気を切り続ける。ハサミを動かしながら八の字を描く練習とかも「何度でもやります」とのこと。私が、「へー」とえらく感心していたら、「持ってみてください」と私の髪を切っていたハサミを持たせてくれた。そして、親指と薬指だけを穴にいれる。「動かしてもいいのは親指だけです、やってみてください」と言われてやってみるも、薬指だと力が入らないから、親指の動きに引き摺られて絶対に不細工に動くのだ。お客さんの頭部のカーブや毛の流れは不規則で流線的だから、ハサミを固定しておく切り方が出来ないと、真っすぐに切ることができない。これは画家がキャンバスに筆で直線をフリーハンドで描くことの難しさにも通じる。そう言うと「いやぁ、そんなすごいもんでもないですけど」とにっこり笑う。

「さっきハサミを持たせてくれたけれども、普通そういった道具は他人に触らせないんじゃ?」と質問したら「ええ、そうです。他人のハサミや他の道具には絶対に触りませんし、ハサミは絶対に落としたらいけないと教えられます」「すみません、触らせてもらって」「いえ、私が自分のハサミを一瞬お渡ししただけなので気にしないでください、興味があるみたいだったから」と笑顔。道具は各自で丁寧に手入れをする。ハサミは本当に繊細らしくて、落とすとずれたり、切れ味が変るので修理しても使えないらしい。また高価とのこと。定期的に砥いでもらうらしいけど、やりすぎるとすぐ刃がちょびてしまうので、様子をみながらだそう。

技術で仕事をする職人さんには、みな自転車に乗れるようになる瞬間がある、という話には憧れる。ただ、乗れるようになるまで、結局どんな職業でも「練習あるのみ」なのだ。自転車と同じである。そうやって技を磨いて、磨いて仕事をする職人さんが仕事をしている姿は、とてもかっこいい。

追記:美容師さんの使うハサミは、軽くて細くて頼りない感じで、工作用のハサミのように扱うと壊れてしまいそうな、そんな感じだった。
by himarayasugi2 | 2011-06-10 08:18 | 雑感 | Comments(0)
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