ケンと散歩していて思うのは、犬を散歩している人というのは、コミュニティにおいては安全の記号のようにとらえられている「らしい」ということである。ジャージに帽子に(最近は)ダウンジャケットで、分厚い靴下にMBTのサンダル履きで、茶色のテンションの低い柴犬を連れている人は、善良そうに見えるのだろうか、よくまったく知らない人からも挨拶される。
早朝、小雨の中、北上散歩コースにケンと行った。ケンが道路わきの草むらとかに立ち止まってクンクンクンクンやっていたら、後ろから「おはようございます」と澄んだ声で挨拶された。すぐに振り返って「おはようございます」と返事をする。挨拶をしてくれた人は、2,3離れた駅にある私立の女子校の制服を着た、黒いまっすぐな髪を一つに束ねてメガネをかけた色白の女の子だった。こういうとき私は、精一杯「犬を連れた心優しい近所のおばさん(お姉さんとしたいところだが、年齢的にいたしかたなく)」を演じて返事をする。演じなくても安全な人物のつもりではあるけれども、期待される役を演じようと力が入ってしまう。この女の子には妹かお姉さんがいて、最近、北上コースを歩くと時間によってはよく会うのだ。姉妹は会うと必ず笑顔で挨拶してくれるのだが、これもケンを連れているお陰じゃないかと思う。
夕方の散歩のときは、下校途中の小学生の女の子がすれ違うときに「こんにちは!」と元気よく挨拶してくれた。ここでも私は心優しい愛犬家の近所のおばさんになりきって、笑顔まで浮かべて「こんにちは」とお返事するのだ。で、さらに南にさがってゆくと工事車両の通りの多い道沿いで交通整理的なことをしていたガードマンの女性(すごくかわいらしい人)が、曲がり角でやっぱり「こんにちは」とニコニコ笑顔で声をかけてくれる。ここでも私は善良な愛犬家の近隣住民っぽく挨拶を返す。さっきから挨拶をもらってばかりだから、次にちょっとでも知っている顔、もしくは犬連れの人をお見かけしたら、こちらから挨拶しようと思って西に曲がる。
すると、小型犬がノーリードで気ままにお散歩しているのが見えた。まずい。ノーリードの小型犬がこっちに向かってきたら困る。ケンは犬が苦手なので、もし近づいてきた相手を怪我でもさせたら・・・とケンのリードを短く持って身構えたら、そのノーリードの小型犬の飼い主は、以前にやにやと笑いながらノーリードの小型犬をケンにけしかけようとしたために私が「ちゃんとリードを持ってもらえないか、うちの犬がそちらを怪我させてはいけないから」ときつく苦情を申し立てた相手だった。以来、遠くで見かけたらすれ違わないように避けている人物なのだ。正直、街中ですれ違うときにちょっと緊張するような風体の60代くらいの男性なのだ。髪の色は金色に近く、堅いパンチパーマで、黒いサングラス、白いタートルネックのくたったセーターに黒のテカテカのダウンジャケットに、黒のだぼだぼジャージに白い靴に、咥え煙草である。
その男性の小型犬がケンの方に向かってこようとするのを、男性は手で制して、ニヤニヤしながらこちらに近づいてきた。私はその男性に気付いていないふりをして過ぎ去ってゆこうとしたら、その男性はさらに近づいてくる。小型犬は離れたところで一人で遊んでいる。すると男性が「なぁなぁ、急に寒なったと思わへんか?」と声をかけてきたのだ。ニヤニヤ笑いながら。私、あんたの友達とちゃうけど、と思いながらも、話しかけられたから礼儀として答えますけどね、という態度で、「そうですね、寒いですね、失礼します」と返事をしてスタスタと立ち去った。あれ?意外とあの男性も善良っぽいような気がする。あちらも犬を連れているからかも。帰り道にもまたあの男性と小型犬ちゃんと会ってしまったら、えらく親しげに「またな」とかって手を揚げたりするので、面食らう。挨拶はいいから、ちゃんとリードをつけて散歩させて欲しいけど。
でも結局この日は、先方から挨拶をもらってばかりだった。あの咥え煙草の男性も含めて。次は私から挨拶をしようと反省もする。
昨日からすごく寒い。今日は何を着て行こうか。