採点はやっぱり不可解で不透明

見てがっかりしたのが、午前中のフィギュア団体戦の女子SPである。やっぱりフィギュアの採点は、不透明で不可解である。コストナー選手の点が高すぎる、それから、宮原選手の点が低すぎる、でもって、オズモンド選手の点が高すぎる、である。宮原選手の、点数が出たときのあの茫然とした表情が、見てられなかった。いい演技だったのに。

コストナー選手のPCSは、なんであんなに高いのか。彼女は、PCSが低い選手だとは思わないのだが、技術の「もっさり感」をPCSで全部救済している印象を受ける。技術があること前提での表現力であり芸術点だと思うのに。それから、宮原選手、あのジャンプで回転不足を取るのかとびっくりする。急に取るのだ。コンビネーションジャンプの二つとも足りないなんて。急に、オリンピックで取るのか。寝耳に水の回転不足判定だろう。でもって、オズモンド選手のあの高すぎる点数はなんなんだ。これが一番不可解だった。軸の曲がった美しくもないジャンプとか。大味の所作とか、プログラムもいいと思ったことがない。特に今回に限っていえば、どこがそんなに評価されるのか。決まらなかったジャンプには相応の点をつけるべきだと思うし、冒頭のコンビネーションジャンプは、あれは、コンビネーションジャンプ扱いなの? 100歩譲ってコストナー選手が宮原選手の上だとしても、コストナー選手のスコアは、75点は高いと思う。で、宮原選手はコストナー選手よりも「僅差」で下くらい(上でもいいと思うけど)。オズモンド選手は、あのコンビネーションジャンプが認められなかったら、もっと点数は低いだろう。認められていたとしても、70点を越えた演技には見えなかった。勝手に言いたい放題である。でも、普通にテレビを見ている素人は、こう思った人は多かったと思う。

スピードスケートと異なり、爽快感ゼロの試合結果である。そりゃ、素人に何がわかるって言い返されそうだけど(誰に?)、テレビで観戦する人のほとんどが素人なんだから、素人が順位に納得できないような競技は、非公開で玄人だけでやればいいのだ。結果だけテロップで流してくれたらいい。フィギュアスケート(特にシングル)は、もはやスポーツでなく、不透明さを楽しむ出し物かと思う。「興行」である。

シングルのモヤモヤした試合とは対照的に、アイスダンスはよかった。観ていて楽しい。村元リード組の演技を終えたときの、あの「充実感」で輝いている顔がいい。インタビューでも充実感いっぱいって感じだった。よかった、よかった、よかった。オリンピックではこういう顔を見たい。

明日の団体フリーに出場する選手は、個人戦の予行演習だと思って、思いっきり滑って欲しい。みんながいい演技をしますように。









[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by himarayasugi2 | 2018-02-11 22:56 | スポーツなど | Comments(0)