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ヒマラヤスギ雑記

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カテゴリ:実家( 16 )

こまごました記録

隣の実家の母が、昨日から八ヶ岳に行っている。7月に用事が神戸であるので「一時帰国(帰神?)」するが、数日神戸に滞在したあと八ヶ岳に戻り、10月いっぱいまで八ヶ岳で過ごす予定である。夫が「いいなぁ、山にずっとおれるなんて、いいなぁ」と昨日から激しく羨んでいる。母は神戸の夏の暑さが苦手なので、父が亡くなった年を除いて毎年こういう感じで「冬は町に住んで、夏は山」というハイジのような生活をおくる。今朝電話で話をしたところ、暖房を朝からいれているらしい。GWも寒かったものね。まだ寒いのか。

母は八ヶ岳でも神戸と同じような生活をおくっている。特に予定のない日は、家事を済ましたら本を読んでいる。晴耕雨読、ってこういう感じの生活か。神戸ではなかった毎朝の散歩が日課として加わる。都内の妹が仕事がないときは頻繁に山に来るし、徒歩7分くらいで同じ自然郷内で叔母家族の山荘があるので、叔母の運転であちこち行ったりしている模様。私は、その間は隣の実家の郵便物を取り込み、宅配を代わりに受け取り、なにかあったら山荘に連絡したりしている。トリハタの黒イチジクのジャムを買ってきてもらうつもり。

実家の浴室のリフォームは、GW前に終了している。母は、「もうすぐお風呂が沸きます」とか「お風呂が沸きました」とお風呂が話すのがどうやら嬉しいらしい。水はけがよく、冷たくなく、転んでも痛くない特殊な床材もいいらしい。以前よりも浴槽が浅くて出入りがしやすいし、お湯も冷めにくいとか。安全のために丁度いい手摺もさりげなくつけてもらっている。ご近所のTさんも見学に訪れたらしい。Tさんは一戸建ての大家さんをされていて、お風呂を新しくしたほうがやはり借り手がつきやすいのではとお考えらしい。ま、水回りについては新しい設備のほうが嬉しいんじゃないかな。たとえば築100年の古民家に住むのは魅力的だけれどトイレやお風呂が「100年もの」なんてありえないし。そこだけはアップデートして欲しい。

お風呂がボタンひとつで自動で沸くって、なにげにすごいことだ。



1本千円という高価な食パン「明日の食パン」を食べはじめている。乃が美のパンより高いのだけど、値段の差が味に別に反映されていないと思う。我が家では「これやったら、乃が美かな」という結論である。美味しいのだけど、どのあたりが「千円」なのかがわからん。乃が美とどっちが美味しいか、についてはこれは好みだと思う。「明日の食パン」はやや甘い。トーストするとその甘さが強くでる。お菓子っぽい甘さを感じた。生で食べたときはそこまで感じなかったけど。近辺のお店の食パンは、だいたい食べたけど、値段と味のバランスで好きなのは、「ブーランジェリーワダ」@芦屋川と「乃が美」@芦屋、三宮。次点で「sodachi」の食パン。まだまだ未知のお店があると思う。このあたりは本当にパン屋が多いから。

映画『ドクター・ストレンジ』にティルダ・スウィントンとベネディクト・カンバーバッチが出演していると知って、テレビを視聴する。なんだこれ。もっと作品を選ぶのかと思ったんだけど。同じCGが多用されているにしても、『マトリックス』はちゃんと筋がわかりやすくて面白かったけど、この作品はコンピューターゲームの画面を見ているようで、なんだか全然よくわからない。面白くもないし。ティルダ~、もっといい作品に出て!












by himarayasugi2 | 2019-05-18 18:57 | 実家 | Comments(0)

母のブラックボックス

昨日の朝ケンと実家を訪ねたら、母(@77歳)が中学から大学までずーっと一緒で仲良くしている友人Mちゃん(@77歳)と映画に行くと言う。「あんたが前に見に行ったって言っていた『グリーンブック』に行くねん」と母。なんだかんだでよく出かける母である。ケンと今朝実家に顔を出したとき、「『グリーンブック』どうやった?感想は?」と訊ねたら、「それがね、見た映画は『グリーンブック』じゃなくて『ボヘミアンラプソディー』やった」と母。え?どうしてそうなる。母によると、学生時代の友人が『ボヘミアンラプソディー』を最近見に行って感動して、周りの友人に「まだ上映しているから、とにかく見に行って!めちゃくちゃ感動するから」と先日一斉通知をした。その通知を受けた1人に、昨日母と一緒に映画を見に行ったMちゃんがいたらしい。

Mちゃんは母に『ボヘミアンラプソディー』を見に行こうと誘ったのに、母が勝手に脳内で(ボヘミアンラプソディー ⇒ 母のブラックボックス ⇒ グリーンブック)と変換していたようである。にしても、Mちゃんは「グリーンブック」の「グ」の字も口にしていないのになんで母は、『グリーンブック』を見に行くのだと思い込んでいたのだろう。そう母に話すと、「だって、あんたがこないだ『グリーンブック』を見に行ったって言ってたからじゃない」と言う。えー、私のせいなの?母は、自分の非を絶対に認めないのだ。でも、『ボヘミアンラプソディー』も見に行ったって話もしているんだけど。ま、いっか。

改めて『ボヘミアンラプソディー』の感想を訊ねると、「やっぱり最後のライブのときは、すごいわー、あれはよかった、でも、途中の話は面白くないわー」だって。「途中も面白いやん」と言い返すと、「そぉお?」だって。その後、「主役の人って、なんて名前やったっけ?」「フレディ・マーキュリーでしょ」「あ、そういう名前なの、テッドじゃなかった?」(←誰それ?)「そのマーキュリーは、なんで亡くなったんやったの?エイズなの?」「そうよ」「マーキュリーって芸名?」「そう」「(フレディの)ご両親はパキスタンから来たんでしょ」(ウィキによるとインド)「知らん」「そうよ、だってゾロアスター教って言ってたわよ」(それは正解)

本当に映画見てたん?って言いたくなるような発言を続ける母であるが、最後に「主役じゃなくて、バンドのマーキュリー以外のメンバーの人のほうがいい人よね、感じがいいし、冷静で。ギターの人なんてすごくいい人じゃない(ブライアン・メイ)」と言って感想を締めくくった。フレディだから映画として成立したんだと思うの。

私「でも、観てよかったでしょ?」
母「うん、まぁね」










by himarayasugi2 | 2019-04-03 12:54 | 実家 | Comments(2)

実家の浴室

実家の浴室をリフォームすることになった。実家は築40年の一戸建てである。かなり前に外壁の塗り直し、そして西暦2000年前後には一度大規模なリフォーム(1階リビング、和室の増築、2階ベランダの増築、システムキッチン、床暖房設置、ペアガラスへの交換)を行っている。その後は、マイナーチェンジとして、1階、2階のトイレをウォシュレットに交換、門扉から玄関までのアプローチの再敷設などがある。実家の浴室は、床のタイル張り替えと父の介護保険でつけた手すりを除けば、40年前の竣工当時のままなのである。レトロといえば聞こえがいいけど、古くて怖いのだ。

浴槽の底は、洗い場よりも深い。洗い場から「下」に「降りてゆく」感じで浴槽に入る。昔祖母が「怖い」と言っていた。浴槽から出るときは両腕、両脚、体幹を使って体を引っ張り上げる感じ(手すりがついてからは、手すりにつかまっているらしい)。といっても、私が実家にいたころは、浴槽の深さなんて気にしたこともなかった。元気な若者であれば、たいした問題ではない。

父は亡くなる数年前から徐々に筋力が衰えていた。あるとき体を洗い終わり立ち上がろうとするも、座った体勢のまま後ろに尻もちをつき倒れてドアにぶつかったことがあった。浴室のドアのガラスは割れてしまう。前後して、父は庭でケンにおやつをあげようとかがんだら、立てずに後ろに尻もちをついてしまったこともあった。そのときは私が腕を持ってひっぱり上げた。それ以来、実家のあのお風呂は両親にとって危険ではと考えるようになった。

また、実家の風呂は、温度調整ができない。スイッチを切らないとお湯が沸騰してしまう。なので、浴槽につかりながら追い炊きをしているときに、うっかり眠ってしまったら釜茹でになるリスクもある。前述したように深さのある浴槽だから、急に意識を失ったり、なにか発作が起こった場合にそのまま溺れるかもしれないし。77歳の一人暮らしの母にとっては、少々危険な浴室だと思う。

我が家の給湯器交換のときに、今度実家の浴室のリフォームの相談に乗って欲しいと業者にお願いしていたので、初回の見積もりを持って説明しに来てくれた。担当者は、カタログを片手にあれこれと説明してくれるのだが、しみじみと日本人のお風呂に対する情熱は、ほんとに世界一だと思った。ヒートショックを防ぐためのガス暖房、5時間後でも2.5度しかお湯の温度が下がらない魔法瓶のような浴槽、手をかけることを想定した浴槽の縁のデザイン、足を置いても冷たくない、万が一こけても柔らかいため怪我のリスクが低い床材、掃除のしやすい壁材に床材、何本でもどこにでも設置可能な手すり、かゆいところに手の届くような浴室内収納の数々……。少々お値段はするのだけど、母の足腰がしゃんとしているうちに、お風呂は快適にしておいたほうがいいと思う。

担当者からきいたあれこれ:
本当に手すりが必要な人というのは、浴槽から立ち上がるとき、両手で1本の手すりにしがみつくような体勢になるらしい。2本の手すりに2本の手をかけて体を起こす、などというのは、筋力があるからこそできるわけで、筋力が落ちると目の前の1本の手すりに全体重をかけることになるらしい。

身長にもよるのだけど、浴槽に座って足を延ばしたときに足の裏が浴槽の壁面につかない場合、高齢者だと溺れる危険もでてくるたしい。足の裏がどこにも接していないと、寝てしまったりすると、ずるずるっと顔が水没するのだ。私も何かの本で高齢者用の浴槽は、小さめにして溺れないようにしていると読んだ。

我が家は、風呂場の暖房と床に冷たくなくて水はけのよいタイルをいつか貼りたいと思う。












by himarayasugi2 | 2019-03-07 18:42 | 実家 | Comments(0)

アラエイト忘年会

母が、中学からの友人たちと忘年会ランチに行ってきた。ランチ当日の2週間くらい前に「どこかランチの美味しいところ知らない?」と母に訊かれたので、秋にNと行って美味しかったお店の名前をあげた。駅から近いし、閑静な住宅街にある。明るくて、雰囲気もお店の人の感じもよいお店なのだ。コストパフォーマンスの良いランチコースは、美味しかったし、量もちょうどよかった。

このお店の情報はすぐに幹事に伝達され、席がおさえられる。前回、私が推薦したお店(今は閉店した由庵)が好評だったらしく、とりあえず店についてはまず私に訊くことになっているらしい。なんだかプレッシャーである。

待ち合わせは最寄り駅の改札を出たところに12時だと母が言う。「予約は、12時半なの」と母が言うので、「なんで?駅から歩いて5分よ、早すぎない?」と返すと、ランチ仲間の1人で店の近所に住んでいるYさんが、事前の実地検証した結果、「70代の脚では、5分で着かない」と判断したからだという。「何分かかったわけ?」「歩いて7分だって」つーか、2分しかちがわないやん。なのに30分前に集合とは。心配しすぎでは。

「それにね、幹事のMちゃんは念のためにとお店に予約の電話のときに、77歳ばかり7人(母は、来年2月に77になるので、正確には77歳が6人と76歳が1人)で伺うので、何かが起こるかもしれないですが、よろしくお願いします、って事前に連絡しているのよ」「何かが起こるって、何が起こるのよ?」「そりゃ、急に倒れたり、気絶したりとか、この年になったら何があっても不思議じゃないわよ」と母。幹事のMちゃんの心配症もここに極まれり、である。本当に店で食事中にお客が急に意識を失うことがあったら、お店の人は大変である。そんなギリギリの状態の人たちが来るのかと、電話を受けて、お店の人は震えていたのではないだろうか。

忘年会から戻った母は、ご機嫌だった。「美味しかったわ、7人全員でメインのお肉料理に1500円をプラスして、フィレステーキにアップグレードしてん」「全員?!」「そう、全員。日頃牛肉あまり食べないから、こういうときは牛肉がいいわねってなって、みんな完食よ」と母。気絶をする人がいなくてなによりである。というか、めちゃくちゃ元気やん。

この7人の同級生のうち、2人が未亡人(含む私の母)、1人が独身である。この3人は1人暮らしである。残りの4人は配偶者と暮らしているが、うち2人の配偶者は自宅で要介護状態だという。アラエイトである、人生いろいろあって当然である。友達を大事にして、何歳になってもこんな感じで食事ができたらいいな。

母は、お店の近くにある美味しいケーキ屋さんで、ケーキを買ってきてくれた。とても美味しかった。 









by himarayasugi2 | 2018-12-12 22:23 | 実家 | Comments(4)

「お義母さん、元気になったね」と夫が言った。

先日、母としばらく話をすることがあった夫が、しみじみと「お義母さん、元気になったなぁ」と言った。去年の夏に父が亡くなってから14か月近くになる。確かに母は、元気になった。


父が亡くなった直後、Nに「母親のメンタルの弱り具合が心配だ」とラインすると、Nから「しばらくは塞ぎこむかもしれないけど、その後、必ず女性は元気になるから、それまで支えてあげて」と返ってきたのだが、まさにその通りになった。


父が亡くなった直後の母は、とにかく「しんどい」を連発していた。声にまったく力がなかった。家族以外の人と会う気力もなく、外出も一人では心細く、何かを決めることもできなくなっていた。私は、母の外出に付き添い、毎朝ケンと散歩帰りに、眠れた?昨日の夜は何食べた?などと訊いていた。父の介護中になった母の圧迫骨折の経過は良好であったが、あまりに体の不調(とにかく怠い、しんどい)を訴えるので、精密検査も受けた。異常はなく、不眠と食欲不振はメンタルが原因ではないかと私も妹も考え始めた。いろいろと調べて良さそうな心療内科を見つけ、そこを勧めてみた。「いやや、心療内科なんか」と最初は気乗りしなかった母だが、不眠が続くのもよくないからと言うと、しぶしぶ受診した(*1)。


やはり母は、軽度の抑うつ状態だったようで(「軽度」というのにちょっとびっくりしたけど、だいぶつらそうだったし)、適切な投薬と、定期的な医師との面談を繰り返すうちに、快方にむかっていった。今年に入ってからは、気温の上昇とともにどんどんよくなり、八ヶ岳にGWあけから夏の間滞在していたことも母にはプラスだったようで、すっかり元気になった。今は、神戸に戻っているが、通院も投薬もない。毎日庭の手入れをし、ほぼ毎日、外に出かけていて、毎日友達と電話で話もしている。


元気になったといっても、父が亡くなる前の母に戻ったというのではない。母は母で、父を失った喪失感をずっと抱えて生きているのだと思う。ただ、父を失ったことを受け入れて、今は自分がどう生きていくかを前向きに考えられるようになったのだと思う。


先日の朝、ケンと散歩の後実家に上がったとき、カリフォルニアの山火事について、トランプがツイートした内容に母は激怒していて、「大統領の発言じゃないわ、最低やわ、なにこれ(以下割愛)」と毒舌がさく裂していて、それを聞くと「ああ、やっぱお母さんは元気になったんやわ」と思える。「怒れる」ということは、元気ってことだと思う。


父の友人の1人が入居している高級老人ホーム(マンション?)の食事が美味しいと聞きつけて、「今度、誰かと食べに行こうかな」と母は言った後で、「でも、元気なときにそういうところに入ってしまうと、きっと退屈しそう」と続けた。母自身も、自分が元気になったことを自覚しているようだ。よかった。


*1)しばらくして母がご近所のKさんに、「実は私、主人が亡くなった後、しばらく心療内科に通っていたの」と打ち明けたら、Kさんから、「みんなこの辺の人は、行っている人多いわよ」と教えてもらう。Kさんもそうらしい。みな、身内の介護などもそうだが、事情を抱えているのだ。










by himarayasugi2 | 2018-11-16 17:16 | 実家 | Comments(0)

寒くなった。

よいお天気だけど、寒い。

父が自宅で寝たきりになった7月初旬以来、毎朝、散歩の後はケンと隣の実家に上がりこんで、ケンはおやつをもらい、私は線香をあげることが日課となっている。父が亡くなった直後は、父が寝ていた和室やその隣のリビングは書類や衣類などが雑多に積み上げられていた。秋になり冬になり、和室はなにもなかったようにすっきりと片付いている。代わりに小さな仏壇、父の遺影、母が絶やさないようにしている花が、置かれている。

父が自宅で闘病中、母はリビングで寝ていたのだが、今もそうしている。リビングの南側は、冬場はサンルームのように日が差していて、葉の落ちた木々にやってくる野鳥がベッドに寝っ転がったまま見ることができる。父が最後は寝たきりになったこともあり、母は自身の体に以前よりもいっそう気をつかっているようだ。父が生前に購入していたステップボードに、スクワットバーとして使える竹の持ち運びのできる手すりが、ベッドの足元に置かれている。そして、父が闘病中は、リビングの本棚には死生観についての本が目立っていたのだが、最近は、健康についての新聞の切り抜きとかをリビングで目にすることが増えた。そして母は、こんな本も買っていた。

『死ぬまで歩くにはスクワットだけすればいい』小林弘幸、幻冬舎

付箋がいっぱいついていて、まずは本に書かれているようにスクワットはやっているらしい。本はご近所のTさんに貸してあげるとか。天気のいい日は、母は週一くらいのペースで歩いてお墓に行っている。落ち葉を掃いて、お花を替えて、のんびりまた歩いて帰ってきている。お墓の近所に父の会社時代の友人が住んでいて、先日連れ立ってお墓参りに来てくれたようで、「豪華なお花が入っていた」と母は報告してくれた。私も天気のいい日に母について年内に行かなくては。


寒くて:
すごく寒い。夫が10年以上着ているダウンジャケットをそろそろ新調したいと言い出した。会社にも着ていけるのが欲しいという。なら、長瀬智也がドラマで着ていたやつにしたらと、無責任に勧めたら、本気になっている。私は、ダウンのステッチが表面にモコモコ出ているのがどうしても苦手で、ダウンを敬遠していたのだが、最近、ぱっと見はダウンとわからないアウターが出てきているらしい。ネットでいろいろ検索すると、わりとほっそりシルエットのダウン入りのアウターが見つかる。欲しいなー。今こそ、こういうアウターが欲しい。とりあえずは、今日のゼミコンはヒートテック着込みまくって、ロングコートで防寒してゆく。
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(この画像、消したつもりがアップされている。消し方がわからず。ソースは、http://focus-damnit.tumblr.com/post/168456162282)











by himarayasugi2 | 2017-12-14 09:28 | 実家 | Comments(0)

100日

昨日は、父の納骨だった。納骨されるお墓は、20年くらい前に、父と母が場所を気に入って購入したものである。父は三兄弟の一番上なのだが、子供が私と妹、と女ばかりということもあって、父方のお墓の管理は父の弟がすることになったのだ。

お墓は家から海と山を見ながら閑静な住宅街をのんびり歩いて30-40分くらい、車だとあっという間につく丘にある。ご近所の方が、お墓が売りに出されていることを教えてくださり、父と母は見に行ったのだ。で、父と母が購入したお墓の一つおいた隣に、ご近所さんのお墓もある。母は、納骨の前にご近所の奥様と誘い合ってお墓の掃除にも行っていた。ウォーキングも兼ねて気軽に行ける感じを母も気に入っている。

石材屋さんが、丁寧に段取りをしていただいたおかげで、納骨は滞りなく終わった。父の兄弟達と母と妹と私と夫で、こぢんまりと行った。

父が眠るお墓の真上の景色。
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(夏の強烈な太陽も少しはしのげるかな。台風直後は、枝とかすごかったと母が言っていた。)

そして、父のお墓の正面に見える景色。
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(母は何度も、「この場所いいでしょう」と話していた。)

こんな丘にある。近くにハイキングコースがあって、トレッキングのいでたちの人も見かけた。
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納骨の後少し休憩して、夜ごはんを食べに行った。美味しかった。コースの一部を少し。
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(土鍋で炊いたご飯がすごく美味しかった。おこげ最高だ。三連休ということもあって、お店は満席だった。)
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(朴葉味噌、ご飯に少し載せていただいたら、美味だった。)
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(デザート。お茶は、4種類の中から選べて、お代わりのお湯ももらえる。栗の渋皮の入った羊羹に柿。)

死後100日を経った日は、卒哭忌というらしい。納骨は、ほぼ卒哭忌に行ったことになる(丁度100日後じゃなくて、100日+数日後、だけど)。卒哭忌とはいつまでも死を嘆き悲しまず、遺族はそろそろ非日常から日常へと気持ちを切り替え、前を向いていく時期らしい。

以下引用:
百カ日は、またの名を「卒哭忌そっこくき」といいます。卒業の“卒”とありますが、これは小学校や中学校の課程を終了するという意味があります。また、“哭”は慟哭という言葉がありますが、泣くことです。ですから、「卒哭忌」とは、故人の死を泣き悲しむのを終える日なのです。また、仏とのご縁を結ぶことで、自分自身の考え方や生き方を見直し、よりよい生き方を目指していく機会でもあるのです。
(ソース:http://www2.spacelan.ne.jp/~t-kawabata/newpage333.html)


父が亡くなって100日も経ったことに気がつかなかった。あっという間だ。
そういう区切りのタイミングで、納骨ができてよかったと思う。近いから、時間を見ては父に会いに行こうと思う。

昨夜は、喪中葉書の用意もする。








by himarayasugi2 | 2017-11-05 11:06 | 実家 | Comments(0)

よくある休みの日

月曜日、少し外出した。

中高大友のNのご主人とそのお友達が毎年開催されるグループ展を覗く。G会で行けなかった年が一度あったくらいで、ほぼ毎年見に行っている。このグループ展は、もう10年はされていると思う。毎年多彩なメンバーが参加される。Nのご主人は、秋の草花の投げ入れの大きな生け花作品を出展されている。奇をてらったものではなくて、いつも品があってさりげないお花を見せてくださる。

その後、ランチを食べ、必要な買い物のために移動。

必要な買い物を終えて、やや不必要な買い物もしたくなって(ようするに無駄遣いなんだけど)、GUを覗く。GUはユニクロよりもさらに安い。夫は靴下をまとめ買いし、私は下着とパジャマ代わりの長袖Tシャツを買う。実は、GUで買い物をするのは初めて。レジへ行ってびっくりである。完全セルフレジなのだ。店員さんに使い方を教えてもらう。

ハンガーを外し、駅のコインロッカーみたいな箱にいれて、蓋を閉めて、その上にあるモニターのタッチパネルを押したら、一瞬で箱の中に放り込んだ(かなり適当に入れている)衣類の値段を読み込んで合計金額を表示してくれる。で、あとは駅で切符買うみたいな感じでお金を入れて、おつりを受け取って、後ろのパッキングコーナーで、もらった袋に買った服を詰め込んで終了。うわー、面白い。すごいかも。人が一点、一点、バーコードを読み込むよりもずっと短時間でレジが終わる。夫と、「すごいすごいすごい」と感動していたのだけど、隣のボックスでセルフレジをしていた若いカップルなんて、手慣れた感じだった。

帰宅後、隣の実家に行く。父の服がまだまだあるので、夫と残りを見に行ったのだ。父が使用していたクローゼットをあけて、亡くなる直前までよく着ていた上着などから見せてもらう。と、上着のポケットから小銭の音が。クリーニングに出していなかったものは、すべて小銭がポケットにあるみたい。父はとにかく家のありとあらゆるところに小銭を置きっぱなしにしていて(ポケットはもちろんのこと、無造作に封筒とか、本の間とか、ポーチとか、箱とか、引き出しの中とか、バッグのポケットとかとかとか)、今までで母が片付けただけでも、かなりの金額になっている。夫によると、男性はおつりとかを財布にしまうのが面倒で、ポケットに直接入れる人が多いらしい。夫は、なくしそうだから絶対にしないらしい。昨日は4-5着のポケットから小銭を回収する。合計で8000円くらいだった。母に渡すと、「きっとまだまだあるわー、お父さんのものは、なんでも捨てる前に中を全部確認しないと」とややうんざりしていた。でもまぁ、後から借金があったっていうよりも、ずっといいと思うけど。

父の癖がなんとなくわかった。上着の右ポケットには小銭類をいれて、左ポケットにはマスクとティッシュケースを入れていた。で、胸ポケットには、未使用の爪楊枝が2-3セットいれている。見事にどの上着もその法則どおりだった。そんなこと生前は全く知らなかった。母によると、スラックスの尻ポケットも要注意小銭スポットらしい。残りの上着は、まず右ポケットから調べればよいのだ。







by himarayasugi2 | 2017-09-19 11:47 | 実家 | Comments(0)

病院選び

母の胸椎圧迫骨折の経過は順調で、もう普通に室内で家事をこなせている。来月以降は、軽いトレッキングならOKらしい。しばらくは月に1度、病院で診てもらう。

実は、母の圧迫骨折は、最初に行った病院では正しく診断されていなかった。父の介護の最中ということもあり、母は家から一番近いA整形外科に行ったのだが、そこでは「ただの腰痛」ということで、注射を1本打って、ロキソニンと湿布を処方されただけだった。が、注射も全く効かず、ベッドから起き上がれないほどの痛みは24時間たっても引かない。おかしいと思って、Tおじさんが以前椎間板ヘルニアの手術を受けた先生がされているB整形外科に夫が車で連れて行ってくれたところ、胸椎圧迫骨折と診断されたのだ。すぐにコルセット用に採寸して、コルセットを発注し、必要な処置と必要な薬剤が処方された。

A整形外科では、レントゲンを1枚撮影しただけだった。しかし、B整形外科ではもっと(3枚以上だったような記憶)撮影した。B整形外科で撮影した画像には、はっきりと骨折箇所が写っていた。私もそれは確認した。このままA整形外科に通っていたら、母の腰の痛みはいつまでも続き、骨がつぶれて背中も丸くなり、身長もかなり縮んでしまうところだった。歩けなくなる可能性だってあった。A整形外科では、私が昔四十肩でかかったのだが、一月たっても全くよくならなかったので、ちょっと通うのに不便だったけど、C整形外科で、きっちりリハビリを受けて治したという「前科」があった。最初から母をB整形外科に連れて行けばよかった。A整形外科は、近所の美容院で噂されている「あぶない病院リスト」に上がっている病院だったのに。正しい診断を下せない病院に行くのは、お金と時間の無駄である。

B整形外科は、最近開院した病院で、神戸市内に展開している系列病院がいくつかある。広い待合室、最新の設備、診察室も多くあり、先生やスタッフも多い。リハビリのコーナーも充実しているし、駅からアクセスがよい。手術が必要になれば、系列の入院設備のある病院に紹介してもらえるという。Tおじさんは、そこで手術を受けた。

最近は、B整形外科の評判がよく、周辺の住民はみんなそっちに行っているらしい。母は、美容院で早速A整形外科の話をしたので、これでA整形外科の「あぶない病院リスト」上での地位は確固たるものになった。美容院の顧客は、誰もここに通わなくなるだろう。このリストにあるA整形外科とA内科については、ほんとにあぶない病院だということは、経験から断言できる。

ご近所のTさんは、内科のホームドクターを、循環器系と消化器系とでそれぞれ決めている。母も私もそうしようかなと考えている。

病院の評判については、あまりネットはあてにならないと思う。ためしにA整形外科の名前で検索したら、よい口コミばかりがヒットするのだ。しかも、その口コミは定期的に集中して書かれている。2日連続で4件の絶賛口コミが、同じような文体で書きこまれるなんて、奇妙である。おそらく「サクラ」の口コミだと思う。なので、参考にならない。



昨夜から風が強くなってきている。今は晴れているけれど、こちらも午後から暴風雨になるらしい。そんな気配は今ないけど。ケンは朝の6時前に夫に連れられて朝散歩に行った。草屋根の様子を見に上がったら、根元から折れているコスモスを発見した。終わりかけとはいえ花が咲いているので、折れた茎ごと撤去して、花の部分を生ける。
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(草屋根のコスモスに沢山蕾がついている。ピンクと紫ばかりで白がないのよねぇ。画像は、昨夜の風でなぎ倒されていたコスモス。)











by himarayasugi2 | 2017-09-17 09:56 | 実家 | Comments(0)

片付けについて考えたこととかのメモ

父が亡くなってから、隣の実家に訪問することが増えている。心身両面で疲れ切っている母がなにかと心配なので。まだ圧迫骨折が完治していない母に代わって高いところの物を取り出したり、片づけたりといった作業なども手伝っている。

実家の荷物の多さに圧倒されている。少しずつでも整理しておかないと、片づけに年単位かかりそうな気がする。以下、実家の片付けについて考えていることのメモ。

本:
両親はそろって本が大好きで、読書家である。特に、父は自他ともに認める活字中毒である。父と母が好む本のジャンルは全く重ならないために、実家の蔵書数はすごいことになっている。父は、未読の本が手元にないと不安になる性分だったのか、膨大な数の「未読本=買ったばかりの本」が残されている。読み終わった本だって、膨大だ。父の蔵書は、もう全部売ってしまうしかないだろう。父の蔵書を売却しただけでも、かなり家はすっきりすると思う。我が家は、年末に本を売っている。まめにやるしかないのだ。

服:
父は衣裳持ちだった。服も靴もすごい数がある。幸いに靴のサイズは夫と父は同じである。幅広足というところまで一緒で、ほとんどの靴が「ピッタリサイズ」なのだ。なので、夫は履けそうな靴を何足かもらった。服も、何着かもらう。残りの靴と服は、東京の従弟が「捨てる前に見に行くから欲しい」と連絡してきたので、持っていってもらう予定。下着やパジャマ、使用済みの靴下などは、処分するしかないだろう。母は、着るものについては、合理的な考え方で、あれこれ持とうとしないのだが、祖母からもらった着物やら洋服やらを着ないというのに処分することができない。なので、クローゼットやタンスは、祖母が遺した「誰も着ない」服と着物で占められている。この状態もよくないなーと思う。中を空けることで、そういった収納家具が3-4個は処分できそう。

食器:
もう母の1人暮らしだというのに、食器の数だけは大家族仕様である。祖母から受け継いだ骨董の数も多い。祖母は亡くなる1週間前に「私の集めた骨董は、好きなものを取っていってもいい。高価なものでもどんどん毎日使ってちょうだい、でも、私の骨董を古美術商に売るのだけはやめてちょうだい。もし、あまり好きでなくなったらそのときは、それを大事にしてくれる人にお譲りしてちょうだい」とはっきりと私に言ったのだ。要は、大事に集めた骨董で、お金を得ることはやめて欲しいということだ。これは祖母の遺言だと思っている。なので、売ることはできない。祖母の骨董は、母と東京の叔母で引き取られ、妹と私は少しだけその中からもらっている。実家には、骨董以外のお皿も多く、これも真剣に考えないといけないと思う。出番が1年以上なかったお皿は処分対象になると思う。

我が家のモノ量は、そこまで多くはない。でも、服も食器ももっと減らせると思う。引き出物でいただいた食器は、いくらよいものであっても趣味が合わないと全く使わない。場所だけとっている。食器は、気に入ったものだけにして、お客さん用のグラスとか、お椀とか、そういうのも最小限にしたいなぁと思っている。とりあえず夫には、お酒を買ったときにおまけでついてくるグラスやお皿だけは、絶対にもらってくるなと通達しておいた。今のところ、最も出番が多いのは、直径20センチの信楽焼のお皿。洋風も和風もOKで使いやすい。こういう大定番を見極めて、「食器1軍」を編成したいと思っている。2軍は必要最小にして。でも、1軍用に食器を増やしたいという誘惑が……。








by himarayasugi2 | 2017-09-11 10:11 | 実家 | Comments(0)