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ヒマラヤスギ雑記

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会見の一部を見た。

関学のアメフトのディレクターと監督の会見をテレビで見た。

なんで、被害者側の関学が先に会見をやって、加害者の日大は一切会見をしないのだろうか。いろいろと不思議である。

私には、日大の言い分は「反則を指示していない、選手が勝手にやったこと」としか聞こえなかった。会見で開示された「今回、指導者による指導と選手の受け取り方に乖離が起きていたことが問題の本質」という日大の回答が事実であれば、なぜ、最初に日大の選手が悪質なタックルをした後、日大の監督は当該選手を注意し、ベンチに戻さなかったのかと関学の監督が指摘していたが、ほんとにそのとおりだと思う。それから、驚いたのは、この会見の時点でも日大の内田正人監督は、被害者本人とその家族に直接謝罪をしていないということ。ひとつの悪質タックルの受け止め方に、関学と日大の間にものすごい温度差があると思った。そしてこの温度差は、関学と日大のスポーツマンシップに対する考え方の違いでもある。

また日大の監督は6日の試合直後に報道陣に悪質タックルを容認するようなコメントをしていたが、それを回答書では撤回している。こういう撤回は意味がない。撤回しても一度発した言葉は帳消しになんてならない。とくにこのコメントでは「(悪質タックルは)自分の責任」という文言が含まれていただけに、それを撤回ということであれば、「これ、俺の責任でない、選手が勝手にやったことだ」となる。日大は、そういう事実に捻じ曲げたいのだ。

会見を見ていて、関学側のほうが、反則を行った日大選手に対して配慮しているように感じた。「そういうことをやる選手ではなかった、なぜ彼だけがああいう反則プレーをし続けたのか」と疑問を呈している(*1)。今まで活躍をし、フェアプレーを行ってきた選手が、突然悪質な反則を繰り返す、それ自体異様なことである。また、会見の中継では見ることができなかったが、関学側が「当該選手本人が、このことの真実を自分の口から話すのが、どこかで彼の人生のためにも必要だと私は思います」とコメントしたらしい。これは、日大側が言うべき言葉だったのではないだろうか。

日大は、すべての責任を当該選手に押し付けて幕引きをはかっている。それがはっきりとわかった会見だった。

夜、日大の責任者が被害者とその家族、そして関学アメフトに謝罪に行くらしいというネットのニュースを目にした。世論の批判、マスコミの圧力に耐えきれなくなって慌てて行くという印象は否めない。怪我をさせてから10日以上もたっている。さすがに謝罪にしては遅すぎる。当初はそのつもりがなかったからこういうタイミングになったのでは?そして日大の「責任者」には内田正人監督は含まれているのだろうか。もし、彼が来なかったら、もう日大は体育会の部をやる資格がないと思う。すべてが後手に回っている日大。

日大は会見を開くのだろうか?開くとしたら、かなり厳しい質問が出て来ると思う。ただ、今の日大のアメフト関係者に、まともな会見を仕切れる人がいるとは思えない。会見で一部明らかにされた日大の回答書からも感じたけれども、日大は、自己保身と責任転嫁に関わるレトリックしか頭にないのだ。そういう会見なら開く意味がない。


*1)おそらく関学側は、あのような反則プレーが選手だけの考えでやったとは考えていない。 







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# by himarayasugi2 | 2018-05-18 09:35 | スポーツなど

初夏と柴犬

だんだん暑くなってきた。1階から2階へ上がった瞬間、ほんの少し部屋の温度が上がったような気がした。ここからあっという間に夏がやって来る。今日は2階の東西南北すべての窓を開け、ケンの冬のベッドを洗った。それから脱衣所の遠赤外線ヒーターを仕舞い、扇風機を出して2階リビングに置いた。今年「初」扇風機稼働である。そして、昼間に庭をケンとウロウロしていたら、足首を蚊に噛まれた。「初」蚊である。部屋では今週から裸足である。

暑くなってきたらケンもあまり庭をウロウロしなくなる。

最近の実家のボサボサの庭の様子。今日、小さいアゲハみたいな蝶と、黒と白のモダンな配色の蝶がヒラヒラ飛んでいた。
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(黄色い花は、勝手に生えてきたもの。)

なんか最近は平和だ。 

最近、コープで売っている「水大福 苺あん」をリピートしている。美味しい。それから、LOOKのチョコミント味を発見。買ってしまう。人工的な味だけど、サーティーワンのチョコミントみたいで好きな味。






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# by himarayasugi2 | 2018-05-16 17:02 | | Comments(0)

あれやこれや

今後のケンキュウの方向性を某先生に説明する機会があった。基本的なケンキュウ対象はもちろん変わらないが、ハクロンで取り組んだテーマからは離れるつもりでいる。本当は片足くらいは残しておこうかなと思ったのだけど、気分転換にもなるかなと思って。

で、これからやろうと考えているテーマは、今までの読んできた文献では全然カバーできない。研究者が重ならないのだ。だから文献リサーチからやっていて、そこいらがちょっと大変だ、みたいなことを某先生に言うと、「あのさ、X(研究者の名前)が出してるやつはどうよ、あれは役に立たないわけ?」とおっしゃる。X……、この人の著書は、文芸と学術のボーダーではないかと私は思っていて(*1)、私と同じ専門の人のほとんどがXの著書は、かなり「文芸」寄りだと思っている。某先生はすかさず、「ヒマラヤスギさんと同じ専門の人たちには、なぜかXってよく思われていないのは、知っているけど、なんで?厳密に学術的と言えないからなの?」と返してくる。

某先生は続けて、「そういう研究に対してrigidな人たちっているけどさ、rigidであることが目的になっていて、なんかさ、面白くないって僕は思うのよね、rigidであればいいわけ?」と、答えにくいことを訊ねられる。「ええと、まぁ、あの、その」としどろもどろの私。すると、某先生が「ヒマラヤスギさんだって、あるでしょ、なんだよrigidなことだけが大事なのかよって反発したこと」と突いてくる。あるある。

なんか気に食わないケンキュウ発表をdisるのに「rigidでない」ことを理由にする人はいる。具体的な問題点を指摘できないから、「rigidであるか否か」だけを論点にする人。どこにでもいる。


ちょっと怒っている。
関学のアメフトのQBに行った日大の背後からの悪質卑怯殺人タックルについて某先生が、えらく怒っていた。映像を見たけど、あれはひどい。まったく無防備な選手に背後から怪我をさせるためにタックルしているのは明らか。最初から狙っていたのも明らか。日大のアメフトの内田正人監督から、相手のQBに怪我させろという指示があったという報道を知る。報道が事実なら内田正人監督は間違いなくクズだけど、いくら監督命令だといっても、そんな指示はおかしい、スポーツマンシップに反すると反発する人がコーチや選手の中から誰一人いなかったのだろうか?そして、内田正人監督はなぜ表にでてこないのだろう。逃げているようにしか見えない。

某先生は、もし関学のQBが半身不随にでもなったら日大のアメフトはどうするつもりだったのかとおっしゃる。関学QBは再び試合に出場できるのだろうか。相撲もそうだけど、なぜ暴力に訴えるのだろう。日大のアメフトでは暴力を行使して相手を傷つけることが戦略なのか。だとしたら、あまりにも野蛮で幼稚だ。

(*1)ぱっと思いつく似たような例は、塩野七生の著作を古代ローマ史の歴史文献として認める、認めない論争がある。ウィキによると最終的に歴史小説に落ち着いたみたい。





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# by himarayasugi2 | 2018-05-15 17:41 | スポーツなど | Comments(0)

途方に暮れた声

実家に顔を出したら、いきなり固定電話が鳴った。きっと母の友人だろうと思って私は帰ることにする。しかし、母のよそよそしい電話応対から、友人からの電話ではないことがわかる。

「いえ、違います」と母は短く言ってその電話を切った。
「間違い電話?」
「間違い電話なんだけどね、ここ1か月くらい同じ人からかかってくる間違い電話なのよ」
1か月って、長くないだろうか?間違い電話も3回目あたりでわかりそうなものである。そう母に言うと、

「そう思うでしょ?違うのよ、相手が何を言っているのかさっぱりわからないの、で、相手も私の話すことを理解できてないみたいで」と母が言った瞬間にまた電話が鳴った。母も私もなぜかさっきの間違い電話の人だとピンときた。

「わたしが出るわ」

受話器を取ってすぐ「どちらさまでしょうか」と意識して明瞭にゆっくりと言う。
すると、一瞬無音になり、それから弱弱しい中年以上、でも高齢者ではなさそうな女性の声で「……ですか?…で、〇△☆で、…だから、…そ…お……し」と声は不明瞭で、言葉も切れ目なく、声は小さく、母が言う通り何を言っているのか、さっぱりわからない。日本語だということしかわからないのだ。

「どちらにおかけですか」と明瞭にゆっくりと大きな声で言ったつもりなのだが、相手はどうやら「どうして電話してくるのか」と問いかけられたと思ったようで、「あのな、……やし……おばあちゃんから…………教えて…も……、預かってる…………預かってる……あの…〇△☆」と返ってくる。単語はいくつかわかるのだが、意味のある言葉として聞き取れない。なんとなくわかったのは、この電話番号を、誰かに教えてもらった、そして、誰かが何かを預かっていて(預かっている人物が、電話の声の主なのか、誰なのか不明、そして何を預かっているかも不明、そしてそれをどうしたいのかも不明)、だから電話した、みたいな感じか。推測だけど。

外国人の日本語ではなく、あきらかにネイティブの日本語(しかも関西弁)だと思うけど、声が小さく、話し方が子供のようでもある。「あの」と私は相手の言葉をさえぎって、「間違った番号です」とゆっくりとはっきりと言うと、「……あ」と悲しそうな声をあげる。「ごめんなさい、切りますね」と言うと「〇△☆……」と声がかえってきたけど、やはり何を言っているのかわからなかった。受話器を置く。

母によると、電話がかかってくる時間は決まっていないという。早朝だったり、夕方だったり、夜だったり。いつも何を言っているのかわからなくて、最初は母も、「何番にかけていますか、間違っていますよ、どこにかけようとしていますか」などと丁寧に問いかけていたけれども、どうやら相手もあまり母の言うことを聞こえていないか、理解できていないようなので、最近では「違います」とだけ言ってゆっくり電話を切るようにしているらしい。

「この人が困っているということだけは確か、でも、この人が誰で、どこにかけようとしているかがわからないから、助けようもなくて、ある日突然電話があって、それから定期的にかかってくるの、どうしたらいいんやろうね」と母。

その後、母のために楽天で買ったものが届いたので、午後に持っていったら、また同じ人から電話があったという。これで1日3回も電話があったことになる。「ヤマダさんですか、って訊いてきたわ、はじめてわかった、で、違いますって言って、電話を切ったの」

電話をかけてくる女性は、独りで暮らしているのだろうか。誰かが傍にいたら、ここまで長引かないと思うし。誰かと暮らしているにしても、1人のときにかけてきているのだろう。いたずら電話ではなさそうだし、どうしたらいいものか。

電話のむこうには、他に人の気配はなく、なんの生活音もしなかった。なんか、途方に暮れた感じだけは伝わってくる。 








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# by himarayasugi2 | 2018-05-14 09:53 | 雑感 | Comments(0)

記憶の引き出し

GW初日の夜に、小学校の同窓会があった。なんと卒業してからはじめての同窓会らしい。アラフィフの小学校同窓会って、何年ぶりだ。怖くて計算できない。私は、卒業した小学校には5年生の4月から卒業まで、2年間在校していた。卒業後は地元の中学ではなく、私立中学に進学し電車通学だった。だから小学校時代の友人とは小学校卒業以来、まったく付き合いがない。同じ小学校から同じ私立中学に進学した人は、私を含めて3人いて、そのうちの1人、Jとはなんと、そのときから現時点までずーーーーっと付き合いがある。小、中、高、大と同じなのだ。で、私が結婚後関西を離れて関東に移り住んだ期間も同じで、関西に戻るタイミングも同じ。今も、同じ阪神間に住んでいるのだ。中学のときはJのお母さんに家庭科の課題の洋裁とかやってもらっていたし。Jの家の冷蔵庫を普通に開けて、牛乳を飲むような、そんな子供のころからの付き合いである。

今回の同窓会開催については、Jが教えてくれた。Jと中学受験の塾で同じだったKくんが、フェイスブックでJを見つけてくれたらしい。Jが行くなら一緒に行くと、参加したのだ。

同窓会は、学年の四分の一が集まった。会場は、同窓生の1人が経営するうどん屋。そのうどん屋が、同窓生Kくん(さっきとは別のKくん)の店って知らなかった。2回くらいうどん定食を食べたことあり。結局、私が在校していた2年間で仲良くしてもらっていた女子は、Jとほか2人以外は誰も来ていなくて、数名の男子を除けばほぼ「はじめまして」状態だった。名前をきいても、まったく思い出せないという始末。同じテーブルに座った男性2名ともクラスが一緒にならなかったため、「おまえ、だれやねん」状態だった。普通に知らない人と世間話している感じかな。その男性2名の実家が、私の実家の裏にあることもそのとき知ったくらい。

ま、懐かしむという感じではまったくないなぁ、アウェーじゃん、と思っていたら、W先生(御年83歳)が「6年生の音楽会のときの演奏と合唱を録音したものを持ってきました」とおっしゃる。デジタル化してスピーカーに入れてきてくださったのだ。この時点でも、薄情な私は「音楽会?なにやったっけ?忘れたわ」と、恐ろしいくらいなにも思い出していなかったのだが、最初の合唱が流れたときに、知らない間に唄っていた。なんで自分が歌詞を知っているのかもわからない。でも、同じテーブルの男性も、Jも、みーーーんな口ずさんでいた。マイナーな児童むけの唱歌なのに。小6の音楽会以来、耳にすることなど絶対になかった曲なのに。次に、楽器演奏曲が流れたときに、私が片手にバチ3本ずつ持って木琴パートを担当していた記憶がよみがえった。そうすると芋づる式に、音楽会関連の記憶、家で木琴の練習をしていた光景も一緒に出てきたのだ。

「忘れる」というのは、記憶が消滅することではなく、記憶が入っている引き出しが固くて開かなくなっている状態らしい。40年ほど開けられることがなかった「小学校の記憶」の引き出しが、W先生が聞かせてくださった合唱と演奏でやっと開いたのだと思う。ちょっと不思議な感覚だった。

とはいっても、これ以上の引き出しは開くことはなかった。当然である、ほんとに2年間しかいなかったのだから。

当時アラサーだったK先生という女の先生は、70歳になられていた。びっくりするくらい変わっていなかった。若々しい。K先生は、60歳で定年後も嘱託で教師を続けられ、65歳でフルリタイアされたらしい。その間も子育てに主婦業もされ、今は、卓球にはまっていて試合にも出場していらっしゃる。また、ボランティアで老人ホーム的な施設に定期的に笛の演奏会などもされているとのこと。やはり、現役時間が長かった人って、老けないのかな。とても70歳には見えなかった。溌剌とされていて、滑舌もいいし、素敵だった。


あれこれ:
集まった37人の同窓生のうち孫がいる人が3名もいた。それから、話しかけるのがやや怖いような、金髪のロングヘアでチリチリパーマの元ヤン女子もいた。いるかなとは思ったけど、やはりいる。でも、誰かわからない。1次会は、開始が遅れて、乾杯まで1時間もかかったために、あまり誰とも話ができず。最後は知り合い女子と、K先生と女子会みたいに固まっておしゃべりした。翌朝は、八ヶ岳にむけて早朝出発のため、1次会で失礼した。来年もやるらしいけど、同窓会って毎年やるのかな。2年後の東京五輪の年とかでもいいかも。 







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# by himarayasugi2 | 2018-05-12 12:40 | 雑感 | Comments(0)